蜜味センチメンタル
藍良の指先がぴたりと止まり、笑みの形がほんのわずかに揺らぐ。
「……そうだと言ったら、怒ります?」
探るような問いかけ。だが那色は、無表情のまま口角だけで微笑んだ。
「別に怒りませんよ」
膝に置いていた資料を片手で払い落とす。硬い音が空間に響き、空気の緊張を一瞬で変えた。
「ただ、不思議なんですよ。何をどう考えたら、あなたが僕と釣り合っているだなんて思えるのか」
その一言で、室内の空気が一気に冷えた。甘さも軽やかさも消え去り、冷たい静寂だけが支配する。
「あなたが羅華さんに何をしてきたか、全部聞いてます。彼女の罪悪感につけ込んで随分とひどいことをしたそうですね」
声は静かだった。そこには表面的な怒りではなく、明確な拒絶と嫌悪が込められていた。
「僕は、あなたのことを心から軽蔑しています」
その言葉には、曖昧さもためらいもなかった。
藍良の表情が固まり、軽く瞬きをする。彼女の内側で、何かが鈍く軋むような気配が伝わってくる。
「……はっきりと言います」
那色は一語一語を選ぶようにして続けた。
「これ以上、羅華さんにちょっかいを出すつもりなら──僕に近づくのも含めて、あなたが過去にしてきたことを、しかるべき形で明るみに出します。誰も見て見ぬふりができない場所で」
語り口に怒りはなく、むしろ静かで淡々としている。だがその冷静さが、かえって逃げ場のない圧力となっていた。