蜜味センチメンタル
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式典が無事に終わり、熱気と喧噪を残したまま、会場は静かに姿を変えていく。

羅華の仕事は大成功で幕を閉じたわけだが、まだ最後の作業が残っている。

バナーは巻き取られ、照明も片付けられ、ホテル内は日常の色に戻る。残されたのは、達成感という名の充実した疲労感だった。

撤収確認のため、羅華は裏導線の廊下を一人歩いていた。

スタッフの姿もまばらで、資材置き場近くのその通路には、金属の匂いやケーブルの温もりがまだ残っている。空調の低い唸りが反響し、照明の影が静かに揺れていた。

しかし、ふと視線の先。廊下の奥の薄暗い角のところで、人影が立っているのに気づいた。


──藍良だった。


機材の影に溶け込むように壁にもたれ、どこか虚に宙を見つめていた。

羅華は一瞬だけ呼吸を止めたが、そのまま歩みを進めた。

言葉を交わす気はなかった。黙って通り過ぎればいい。そう思って、足早に横を通り抜けようとした。

──そのとき、乱暴に腕をつかまれた。

「!?」

細く冷たい指が、無遠慮に羅華の腕へと食い込む。


「……いったい」

地の底を這うような、冷たい声色が響いた。

「いったい、どこまで私から奪えば気が済むの?」

唐突に放たれた声は、静かな空間を鋭く裂いた。突き刺すような皮肉でも泣き言でもなく、剥き出しの恨みだった。

羅華は一瞬だけ目を伏せ、それから静かに顔を上げる。

「……なにが?」

そう問おうとした声が喉にかかる前に、藍良が続けた。

「お母さんも、お兄ちゃんも……家も、友情も。全部、あんたのせいで壊れたのよ」

藍良の声は、最初こそ静かだったが、言葉を重ねるごとに熱を帯びていく。

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