蜜味センチメンタル
羅華は何も言わなかった。けれどそこにあったのは、疑いようのない事実だった。
ゆっくりと、那色の表情から色が消えていく。
冷たく澄んでいた怒りが、次の瞬間、かたちを変えた。理性の奥に隠れていた火種が、一気に火柱を上げたようだった。
「……あんたが、これを?」
声は初めて聞くほどに低く、言葉が震えていた。激情によるものではなく、怒りが深すぎて、もはや制御不能な状態だった。
「彼女に……手を上げたのか」
那色は一歩、藍良に詰め寄る。
藍良がわずかに身を引く。その足を止めさせるように、那色は言葉をぶつけた。
「これがあんたの出した答えか。たとえ自分が破滅しようが、それでも彼女が傷ついてもいいって……本気で思ったんだよな?」
「──っ…ち、ちが…、私は…」
藍良を見下ろす瞳は完全に冷え切っていた。けれどその奥では、激しい怒りが煮えたぎっているのがわかった。
顔を真っ青にしながら小刻みに震える藍良に、那色は一切の情もなく藍良を見下ろした。
「これで、一線は超えましたね」
言葉は静かだった。だがその静けさこそが、怒りの本質を物語っていた。
「はっきりと伝えたはずです。これ以上、羅華さんにちょっかいを出すなら──」
那色はひと呼吸置いて、低く、明確に告げる。
「あなたが過去にしてきたことすべて、しかるべき形で明るみに出すと。誰も見て見ぬふりができない場所で、逃げ道なんて絶対に作らせないと」
藍良の喉がかすかに鳴った。返す言葉を探しているようで、声にならない。