蜜味センチメンタル
「これはもう警告じゃない。通告です」
一歩でも下がれば、足元から崩れ落ちる。そんな切迫感が、那色の佇まいからにじみ出ていた。
「──僕の大事な人に手を出した以上……それ相応の覚悟をするんだな」
藍良は何も言わなかった。
那色の言葉に反論するだけの力も、言い訳を紡ぐ余地も、もう残っていなかった。ただ唇を噛み、立ち尽くしていた。
数秒後、彼女の足元がふらつく。膝が折れ、がくりと崩れ落ちた。
「……っ」
その顔は、血の気が引いて真っ青だった。視線は羅華にも那色にも向かず、ただ床の一点を見つめたまま微動だにしない。
体を小刻みに震わせ、その場にうずくまった。
「……那色くん…」
羅華が那色の背に手を添えた。囁くようなその声に、那色がわずかに振り向く。
これ以上は、見ていられなかった。
そのときだった。
「……藍良」
低く、張り詰めた声が廊下の奥から響いた。
視線を向けると、照明の落ちた通路の先から一人の男が現れる。憂いを帯びた顔に、羅華は大きく目を開いた。
「弥、くん……?」
──彼が、どうしてここに
その問いかけは声にはならなかった。けれど弥はそれに答えるように、わずかに口角を上げ曖昧に笑った。
「……妹が、“羅華に会わせてあげるから”って、無理やり呼び出してきたんだよ」
そう言って、彼は藍良のそばへとゆっくり歩み寄る。