蜜味センチメンタル
ふたりの間に言葉は少なくて、それでも十分だった。見つめ合うだけで、お互いの気持ちが伝わるような、そんな朝。
そのとき。
ノック音が、控えめに響いた。
「……?」
ふたり同時に顔を上げる。
「誰だろう……?」
羅華が首をかしげる。その問いに、那色の表情がさっと引き締まった。
「……ちょっと待ってて」
そう言って、那色はシーツを払って起き上がり、バスローブを羽織って玄関へ向かう。
羅華はベッドに身を起こしたまま、ドアの方に意識を向ける。音量は抑えられていたが、向こう側で誰かと話している気配が確かにあった。
やがて──
「お疲れ様でございます、那色様。秘書の上條です」
男性の落ち着いた声がして、一瞬で空気が変わるのが分かった。
「……一体何の用ですか?」
那色の低い声が聞こえた。
「社長からの伝言でございます。本日午前十一時までに、本邸へお戻りいただけますでしょうか」
しばらく、沈黙が続いた。
「……わかりました。伺います」
しばらく間を置いて、那色の声が低く返された。
だが、その直後。
「それと社長から、もう一つ」
「……はい?」
「本日は、彼女──原岸様もご一緒にとのことです」
「……は?」
間の抜けたような声が漏れたのは、那色にしては珍しいことだった。