蜜味センチメンタル
「……急に呼びつけて、すまなかったね」
大地は視線を那色にも向け、ふたりをまっすぐに見た。
それは“会社のトップ”としてではなく、“父親”としての顔のように伺えた。
「君たちに今こうして時間を作ってもらったこと、ありがたく思うよ」
しかし、那色は表情を変えず、ほんのわずかに頷いた。
「それで、用件はなんです?」
淡々とした声。敬意を払っているとは言いがたい口調だった。
羅華が思わず隣を見ると、那色の視線はまっすぐに父を見据えたまま微動だにしていなかった。
緊張というより、牽制に近い。長年のわだかまりを含んだ空気がふたりの間に流れているのを、羅華は肌で感じ取った。
大地は表情を変えず、ほんのわずかに頷いた。
「君の言いたいことは分かっているつもりだ。だが今日は、“話すため”に来てもらったんだよ。……君にも、原岸さんにも」
羅華は、息を詰めたように背筋を伸ばした。
突然呼びつけられ、自分がこの家のこの空気の中で、何を言えばいいのか、まだ答えはなかった。
けれど大地の視線ははっきりと自分に向けられていて、それは“言葉を待っている目”だった。
「私から話をする前に……まずは、原岸さん。よければ……あなた自身の思いを、この子に対する気持ちを、あなたの言葉で聞かせてもらえますか?」
大地の声は穏やかだった。だが、その一言が持つ重みは否応なく胸に響いた。
羅華はほんの一瞬、那色の顔を見つめる。
すると彼の手が重なり、わずかに力を込めて握り返してくれた。それだけで、気持ちがひとつにまとまっていくのが分かった。
「……私は、那色さんと一緒にいることで、やっと自分が生きてきたこれまでを肯定できるようになりました」
声はもう、震えていなかった。