蜜味センチメンタル
羅華の手をそっと握る那色の指先は温かい。けれど、羅華の手は自分でも驚くほど冷たくこわばっていた。
(……呼吸が浅い。ちゃんとしなきゃ。大丈夫、って言ってくれたのに)
思いとは裏腹に、体の奥から徐々に体温が引いていく感覚がする。
(正直、怖い。何を見られるんだろう。何を言われるんだろう)
すると静かに、障子の奥から足音が近づいてくる。
そのひとつひとつが、まるで場の空気を整えていくようだった。
障子がすっと開かれ、一人の男が姿を現す。
上質な灰青色の和服を身にまとったその男性は、堂々たる風格をまとっていた。
黒髪に混じる白が光を受け、輪郭にかすかな硬質さを与えている。
「──改めまして。ようこそ、お越しくださいました。原岸さん」
低く、穏やかで、それでいて芯のある声だった。
まなざしは真正面から羅華を見据えていたが、そこに敵意はなかった。
「式典ではご挨拶程度でしたが、本来ならもっと早くこうしてお会いすべきでしたね」
羅華は、咄嗟に姿勢を正し、頭を下げる。
「いえ……もったいないお言葉です。式典当日は、ほんの短いご挨拶だけでしたが、お目にかかれて光栄でした。こちらこそ、大変お世話になりました」
言いながら、そのときの記憶を呼び起こす。
シスイ食品、代表取締役社長──紫水大地。
式典開会前、来賓挨拶の調整で控室を訪れた際に対面し、名刺交換と一礼を交わしていた。
ほんの一瞬の顔合わせ。それでも、そのときの大地の立ち居振る舞いは今と変わらず端然としていた。