蜜味センチメンタル

羅華の住むマンションの前につくや否や、那色は滑り落ちるように車内から飛び出した。

車を降りた那色の肩に、冷たい雨粒が容赦なく落ちてくる。傘を持ってきていなかったことに気づくのは、玄関にたどり着いたあとだった。

インターホンを押す。……応答はない。

もう一度押してみるも、返ってくるのは沈黙だけだった。

──そうだ、合鍵。

以前どうしてもと言って、渋る羅華を口八丁手八丁で説き伏せてもらったものだ。


──『こういうの、人に渡すのってダメなんだからね』

そう言いながらも、最後にはしぶしぶ手渡してくれた。

──『非常時に連絡が取れなかったら? 倒れてたりしたら? そのとき鍵がないからって後悔するの、嫌だよ』

そうやって畳みかけるようにまくしたて、羅華が呆れたようにため息をついたのを、今でもよく覚えている。


──……でも、今がその“もしも”だろ

ポケットに手を差し入れると、指先が金属の冷たさに触れた。

小さく息をつきながらエントランスを抜けて部屋の前にたどり着く。ドアのカギ穴にそれを差し込んで、静かに扉を開けた。

中はしんとしていた。

電気はついておらず、カーテン越しに街灯の光がぼんやりと部屋ににじんでいる。ただ玄関には脱ぎ捨てられた靴があったので、帰宅していることは分かった。

「……羅華さん?」

そっと声をかけるが返事はない。靴を脱ぎ、そろそろとリビングへ歩を進めた。

ベッドの上。そこに、羅華はいた。

毛布にくるまって体を丸めるようにして眠っている。顔色は悪くない。だがそう思ったのは最初だけだった。

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