蜜味センチメンタル
「……わかりました」
ゆっくりと膝をつき、羅華の顔と同じ高さで囁く。
震えないよう注意した声だったが、それでもほんの少しだけ、感情がにじんでしまっていた。
「行きません。どこにも行きませんから。……ここにいます、ちゃんと」
羅華の涙が、ぽたりと枕を濡らす。
「……ごめ……ごめんね、わがまま言って……」
「いいんです。むしろ甘えてくれて嬉しいです」
そう言って、那色はそっと額のタオルを直す。乱れた髪を指先で整えながら、ただひたすらに、彼女を安心させたいと思っていた。
「じゃあ、薬だけ飲みましょうか。あとで場所教えてください。それとキッチン借りますね、少しでいいのでなにか食べましょう」
「……うん……」
羅華が再び目を閉じ、穏やかな呼吸を取り戻したのを見届けてから、那色はそっと立ち上がった。
握った手を最後まで離そうとしなかった彼女の指先は、まだ彼のぬくもりを名残惜しそうに感じているようだった。
那色は音を立てないよう、そっとリビングの扉を閉め、キッチンへと向かった。
明かりを灯すと、そこはシンプルで清潔な空間だった。調味料は最小限、冷蔵庫には買い置きの卵とミネラルウォーター。炊き置きのご飯が保存容器に少しだけ残っていた。
──ちょうどいい。これなら、時間はかからない。
那色は静かに鍋を取り出し、水とご飯を入れて火にかける。