蜜味センチメンタル
やがて車が緩やかに停まる。ドアを開けると、ひっそりとした路地に温かな光を湛えた見覚えのある看板が浮かび上がっていた。
──La Pace──
何も言わずに見上げると、那色はどこか誇らしげに微笑んだ。
「僕たちが初めて出会った場所なので」
「本日貸切」と貼られた扉の奥から、柔らかなジャズの旋律がかすかに響いてくる。羅華の胸は、再び始まりの瞬間へと引き戻されるように高鳴っていた。
那色に続いて扉を押し開けると、柔らかな灯りとジャズの旋律が迎えてくれる。
琥珀色の照明が磨き込まれたカウンターを照らし、その奥に立つ大和が視線を上げた。
「よお。おふたりさん、いらっしゃい」
低く落ち着いた声とともに、磨いていたグラスを軽く掲げる。その仕草はバーテンダーらしい洗練と余裕に満ちていて、けれど口元にはひとりの兄らしい茶目っ気も浮かんでいた。
普段なら賑わいを見せるはずの店内には、今夜はほかの客の姿がない。貸切にされた空間は、静けさの中に不思議なあたたかさを漂わせていた。
「クリスマスの夜も仕事お疲れ様です。店長」
「はは。そりゃ嫌味か?」
「そう聞こえるなら意地張ってないで素敵な恋人見つけることをお勧めしますよ」
那色はそう言って、わざとらしくつないだ手を見せつける。
「はいはい。相変わらず仲のいいことで」
大和は肩をすくめながら、呆れたような笑みを浮かべる。