蜜味センチメンタル
「ああ、あとな。この間、あの人が来たんだよ」
那色が小さく眉を寄せる。
「……あの人?」
「父さんだよ。大地さん」
その名を聞いた途端、那色の表情がわずかに硬直する。けれど以前のように吐き捨てるような険しさではなく、どこか押し殺したような沈黙に変わっていた。
「実は定期的に顔を出しては、少し話して帰っていってたんだよ。店の近況とか、母さんのこととか聞きにな」
大和は淡々と語りながら、磨き終えたグラスをカウンターに置く。
「……」
「んでこの間来た時は、お前にいい人ができたって、すごく嬉しそうに話してた。那色が好きになったのが、好きになってくれたのがあの子でよかったって。もう耳に胼胝ができるんじゃないかってくらいしつこくて」
不意にまた視線を向けられ、羅華は思わず背筋を伸ばす。
「お前らには、絶対に幸せになってほしいってさ」
大和の言葉に、那色はしばし無言のままゆっくりと視線を落とした。
やがて小さく息を吐き、ぽつりと漏らす。
「……ふーん」
感情を見せないその一言に、羅華は胸の奥がほんのりと痛んだ。けれどその横顔には、ほんの少しだけ、以前よりも柔らかさが宿っているようにも見えた。
「それから、商売の話もしていったよ。シスイ食品とうちの店で取引しないかって」
「取引……?」
「ああ。これまでも何度も同じ話をされてきたけど、ずっと断ってきた。あの家と関わるつもりなんてなかったし。けど──」
大和は苦笑を浮かべ、カウンターに肘をつく。