蜜味センチメンタル
・*†*・゚゚


『——羅華ちゃん。ごめんね。ごめんね…』


——どうしてお母さんが謝るの。お母さんは、何も悪いことしてないじゃない。

記憶の中の母はいつも泣いている。それが嫌だった。元々仕事ばかりで家にいることの少ない父だった。

だからいなくなったところで、正直どうだってよかった。

けれど母にとっては違っていた。母は本当に、父を大切に思ってた。

あんなにお母さんはお父さんに尽くしていたのに、どうして裏切ったの?…どうして、よりにもよって私の好きな人の親なの?

母の涙を見るたびに、現実が容赦なく突きつけられる。そのたびに、怒りと悲しみと憎しみが膨れ上がっていった。

もともとそこまで関心のなかった父は、いつしか羅華の中で、許せない存在へと変わっていた。

『…羅華』

ふいに、優しく名前を呼ぶ声がした。振り向くとそこには、懐かしくて愛しい姿があった。


——…先輩…

微笑むその顔に涙が浮かぶ。大好きな人。彼と一緒にいたい。その胸に飛び込んでいきたい。

だけど、それは許されない。

これ以上傷つけたら、母は壊れてしまう。だからせめて、私は、私だけは、母を選ばなければ。

…母にはもう、私しかいないのだから。

胸に込み上げた衝動を必死に飲み込み、羅華は大切な人に背を向けた。

——お母さん、泣かないで

私がいるから。私は全然、大丈夫だから。だから笑って。

泣いている母の背中をいつものように撫でるため、羅華は手を伸ばす。



「おかあさ…——」

微睡の中、意識がふわりと浮上する。

伸ばした手は、そっと伸びてきた温かな手に、優しく包まれた。


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