蜜味センチメンタル
「…大丈夫だよ」
羅華は顔を上げないまま、くぐもった声でつぶやいた。
「別に何かあったわけじゃないの。離婚してすぐは大変だったけど、今は普通の生活送ってる。先月も会いに行ったときも、元気そうだったし」
那色は黙って彼女の言葉を受け止めていた。
「…自分でもわかんないんだよ。…だから、忘れて」
分からないものを説明しようがない。ましてや、出会ってまだ一週間の相手にこれ以上情けないところは見せたくなかった
羅華は唇を噛み、勢いよく立ち上がる。
「…ご飯、行くんだよね。近所にカフェがあるからそこで食べよう」
そう言って、準備してくると短く告げ、部屋を出た。
洗面所の独立洗面台で冷たい水を思いきり顔に当てる。冬も近く手も顔も凍えるほどの冷たさだったが、それがむしろ心地よかった。
引き締まった気持ちのまま、髪をきつめに結い、簡単なスキンケアを終えてリビングへと向かう。
ドアノブに手をかけると、一度だけ深く息を吐いた。鼓動が落ち着いたことを確認して、そっとドアを引く。
しかし目の前に飛び込んできたのは、まさに上着を脱ぎ終えたばかりの那色の裸の上半身だった。
「きゃあっ!」
今日二度目の悲鳴が、喉から勝手にこぼれ落ちる。シャツをぱさりと床に落とした那色は、なぜかにやりと笑った。
「羅華さんのえっち」
「ばっ…馬鹿言わないで!不可抗力よ!」
鼓動が一気に跳ね上がり、全身が熱を帯びていく。視線をそらしながら手で顔を覆い「早く着替えてよ!」とやや上ずった声で叫んだ。
耳に届くのは、衣擦れの音と、ドクドクとうるさい自分の心臓の音。少しして、服を着終えたらしい那色が話しかけてきた。
「ねえ、羅華さん」
「なに?着替えた?」
「僕たち、やっぱり付き合いませんか」
「えっ」
思わず顔を上げると、シンプルなグレーのパーカーを羽織った那色と目があった。