蜜味センチメンタル
シスイ食品ホールディングスといえば、この会社とも長い付き合いのある、歴史ある企業だ。
冷凍食品から調味料、菓子製品まで食品事業を主軸としながら、外食産業やホテル業まで幅広く手がける大手企業である。
特段厄介なクライアントというわけではない。だが規模が大きい分だけ案件数も多く、そのぶん責任も重い。
——ずいぶんと荷の重い相手を任されたな…
心の中でそう呟きながら、羅華は加藤から資料を受け取った。
「直近だと明後日、リモートで最終打ち合わせがある。それと来週頭には撮影に立ち会ってもらうから、担当交代の挨拶も兼ねて同席してくれ。スケジュールやデータはこれから共有する」
「はい、お願いします」
加藤から現段階で決まっている情報を受け取り、羅華はすぐに目を通す。今回の案件は新しいCMの制作だという。プロットの構成をはじめ撮影日程や納品、放送日までの一連のスケジュールがすでにほぼ決まっていた。
ブルーライトカットの眼鏡越しにディスプレイを見つめる。キーボードを忙しく叩きながら、羅華は自分のスケジュールへと情報を落とし込んでいく。
そんな羅華の様子に、加藤がふと口を開いた。
「一応忠告しとくけど、起用する芸能人が人気の男性アイドルだからって浮かれるんじゃねえぞ」
その言葉に羅華はディスプレイから視線を動かし、無表情で加藤を見た。
「いやまあ、朴念仁のお前なら大丈夫だと思うけど。念のためな」
「…ご忠告どうも」
加藤は苦笑しつつ、さらに付け加える。
「ここだけの話な、実は一番手が空いてる鎌田に振り分けるよう言われたんだ。けど…あいつはアレだからな…」
複雑な面持ちで言い、加藤は腕を組む。
「愛嬌だけならお前より数倍上だけど、この間の一件もあるし…何より客先でモチベーションに差をつけるからさ。任せるにはちょっとな」
「言いたいことはよく分かりますけど、一言多いです」
さらりと冷静に返しつつも、羅華は再びディスプレイへと視線を戻し、キーボードを打ちながら思う。
——私なら大丈夫、か…
少し前にも、大和の口から聞いた言葉だった。愛嬌のことも含め、いったい自分はどれだけ“堅物”だと思われているのか。そう思うと、ふと口元が緩んだ。