蜜味センチメンタル
「急に笑ってどうした?てか笑えるんだな、お前」
「当たり前じゃないですか。なに言ってるんですか」
「いや真面目な話。原岸は客先でも表情筋死んでんのかって割と心配されてるぞ」
「失礼な。愛想笑いくらいできますよ」
そう言いながら、羅華は眼鏡を外し、わざとらしく笑顔を作ってみせた。それを見て、加藤は「へえ」と面白がるように声を漏らす。
「そうやって社内でも愛想良くしてれば他の奴らも甘やかしてくれんじゃねえの?特に部長とか好きそうじゃん」
「そういうのは私より若くて可愛い鎌田さんの方が適任かと」
「いや、鎌田とお前じゃタイプが違うだろ。せっかく良いもん持ってんのに使わないのはもったいねえって」
「そう言われても…」
「お前のその顔で上司やら他のチームやらを上手く転がしてくれたら、俺らももっとやりやすくなるんだけどな〜」
加藤の軽口を聞きながら、羅華は無言で眼鏡を掛け直した。耳に入れつつも、まともに受け取る気はさらさらない。
——愛想振りまいて給料が上がるなら、考えなくもないけど
心の中で皮肉めいた言葉を呟きつつ、表情は淡々としていた。羅華の経験上、愛想を振りまいて得たものより、失ったものの方が多い。
男には勘違いされ、女には色目を使っただのと陰口を叩かれ。
それを避け続けてきた結果が、今のこの「距離感」だ。
この会社に入ったのだって元はここの上層部にいる男が羅華のキャバクラ時代の顧客で気に入られていたから。もしその過去がバレたらと思うと、ぞっとする。
そんなことを知る由もない加藤は、肘をテーブルについて、他愛もない調子で話を続けた。
「てかさ、そもそもお前なんでこの業界入ったの?ミーハーでもねえし、目立ちたい訳でもないよな。かといって仕事に燃えてる感じもねえし」
歯に衣着せぬ物言いの加藤に、同じく羅華も正直に返した。
「内定もらった会社の中で一番給料が良かったからです」
羅華の返事に、マジ?と加藤が半笑いした。