蜜味センチメンタル
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時世的に残業にうるさい世の中になった影響を受けてか、営業部にも一応“定時日”というものが設けられている。それが今日の水曜日。

とはいえ、だからといって仕事量が減るわけでもなく。実際には定時で帰っても家で続きをこなす社員がほとんどだ。


入社した当初は今よりいくらか残業も少なく、心にも余裕があったように思う。だが、上司が変われば部署の空気も仕事の質も変わる。

今の上司は、利益優先のコスト主義。多少の無理も“効率化”という名の下に押し通すそのやり方に、社内の空気はいつも張り詰めている。


外注先の制作会社との関係もギクシャクしがちで、現場の人間としては気まずい場面も多い。

営業部の数字が確かに伸びているのは事実だが、それが本当に良いことなのか。…その辺りには正直、あまり興味がない。

羅華の望みはただひとつ。
給料が上がるか、残業が減るか。シンプルにそれだけだ。


そんなことを思いながら、羅華が昼休みも返上で仕上げた資料を抱えてクライアント先へ向かい、効果測定の打ち合わせを終えたのは、すっかり定時を過ぎた頃だった。

今日はもとより直帰の予定。会社には戻らず、そのまま自宅方面へ向かう電車に乗る。

——お腹すいたなあ……

帰り道に考えることなんて、たいていいつも同じだ。

車窓の外に流れる街の灯りをぼんやり眺めながら最寄駅で降り、慣れた道を歩く。改札を抜けて向かったのは、羅華の数少ない“癒しスポット”だった。

常連ゆえに遠慮もなくドアを開けると、たった一週間ほど顔を見なかっただけなのにどうにも懐かしい気持ちになる。

「あれ、羅華ちゃん。週の真ん中に来るなんて珍しいね」

カウンター越し、グラスを磨きながら微笑むのはこの店の顔でもある、大和。

その言葉に、羅華は曖昧に笑ってみせ、「たまには、ちょっと」と曖昧な返事を返した。

「甘くて飲みやすい、弱めのお酒もらえますか」

席に着くなり肘をつき、ふうと一息吐きながらそう頼む。

「ん、りょーかい」

大和は軽く頷き、手慣れた動きでボトルに手を伸ばした。


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