蜜味センチメンタル
「い、いないって…」
「言葉通りだよ」
「…。…大和さんも知ってる方なんですか」
「そうだね」
多それ以上語ろうとしない様子に、これ以上は聞いても無駄だと悟る。
いない。
それはつまり、この世にはもう…
亡くなっているということなのだろうか。
あの那色が執着するほどに大切だった人。そんな存在を喪ったとすれば、その悲しみは想像もつかない。
──ああ、だからか…
だから、あの初対面の時の暴言にも繋がったのかと、ようやく腑に落ちた気がした。
自分だけが不幸みたいな顔をしていつまでも過去に縋っている自分の姿は、あのときの那色には、ひどく癇に障ったのだろう。
「…けど…なんだかあんまり、喜べるような話ではないですね」
考えようによっては、彼の心を奪う存在がもういないというのは好都合なのかもしれない。
けれど大切な人を失う痛みを知っている羅華には、どうしてもそんなふうには思えなかった。
「そう言ってくれる君で良かったよ」
「…へ?」
グラスを揺らしていた手を止め、視線を上げる。
先ほどの憂いをすっかり消した大和が、静かに微笑んでいた。
「そんな優しい羅華ちゃんだから、ますます那色を預けたくなった」
「ええ…」
あまりに軽い口ぶりに、思わず声が裏返る。
「ああでも、あいつが度がすぎるようなことしたらその時は言ってね?ガツンと言い聞かせるから」
笑顔のまま、両手の拳を合わせて見せた大和に、思わず引きつった表情を返す。たぶん、この手のタイプは本気で怒らせたら一番怖い。
そんなことを思いながらグラスを口に運ぶと、やっぱりアルコールの味は薄く感じられた。
——ほんとに人の話を聞かない兄弟だな…
ほんの少し呆れたような気持ちでいると、大和は他の客に呼ばれて席を外していった。