蜜味センチメンタル
とくとくと小さく胸を打つ鼓動を感じながら、羅華は目の前の美麗な顔を見つめ返した。
「……どうして?」
「何が?」
「どうして…そんな、私が特別みたいなことを言うの」
自由に振る舞っておきながら、少しすげなくされたくらいで拗ねて。口では馬鹿馬鹿しいと吐き捨てながら、羅華の忘れられない元彼を意識して。
——そんなの、勘違いしちゃうじゃない。
「なにそれ。最初からそう言ってるじゃないですか」
「でも、心変わりなんて一瞬なんでしょう?」
その言葉に、那色の表情がわずかに曇る。
短い沈黙。
やがて羅華の耳に届いたのは、はっきりとした、大きなため息だった。
「はあ……羅華さんって、本当に面倒くさい人ですよね」
「っ……」
直球で言われて、胸がちくりと痛んだ。
——そう思うなら、どうして。
その言葉は、近づいてきた那色の気配に喉の奥へと押し込まれてしまった。
わずかに距離を詰められ、視線の高さが近づく。
ダークブラウンの双眸には、呆れでも嫌悪でもない、ただ静かな熱だけが宿っていた。
「けど……困ったことに、どれだけ面倒でも、どんなに雑に扱われても、それでも羅華さんがいいみたいなんですよ、僕は」
言葉と同時に、那色の指がそっと羅華の手を取った。細く長い指が、絡めとるように指に重なる。
まるで、それが全ての答えだと言わんばかりに。
「……ほら、行きますよ」
「え、あ……」
時間ないんだからぼけっとしないで。
そう憎まれ口を叩きながらも、引かれる手は驚くほど優しかった。
そのまま歩き出す那色に導かれ、羅華もまた足を動かす。
頭の中には聞きたいことがいくつも浮かぶのに、胸が詰まって何ひとつ口にできなかった。
可愛くて、意地悪で、ずるい。
そして、見た目以上に逞しくて、骨ばったその手。握られた手のひらは、しっとりと湿っていた。
羅華は昔から末端冷え性で、手汗とは無縁だ。しかも今は晩秋。冷たい風が吹くこの季節に、手は当然のように冷えている。
なら、この湿り気は——
その答えを知った瞬間、先ほどの「可愛い」という一言が、ぐっと現実味を帯びてくる。
茹で上がるように体の奥が熱くなっていくのを、羅華は止められなかった。