蜜味センチメンタル
気持ちの整理もつかないまま、大した会話も交わさずにホテルへと着いたのはそのおよそ半刻後だった。
さすがにその頃には繋いでいた手も離れていて、羅華の指先はすっかり冷えていた。
それに反して、体の内側は火照ったまま。どうにも落ち着かない。
そわそわしながらも、慣れた様子で歩く那色の背中を追い、絢爛なロビーを抜けてカフェの入り口に立つ。
ウェイターの男性がこちらに気づいて微笑み、「いらっしゃいませ」と声をかけながら、予約名を尋ねてきた。
「シミズです」
初めて耳にする那色の名字に、拍子抜けする。
“身も心も”なんて大げさなことを言っていたくせに、名字はあっさりと知れてしまうのか。
そんな妙な気持ちを抱えたまま、不意に腰を抱かれて、息を呑んだ。
「えっ──」
すぐにエスコートの一環だと理解したものの、戸惑いは拭えないまま。そのまま席へと案内され、ウエイターが椅子を引く。
勧められるままに腰を下ろすと、向かいの那色も静かに席に着いた。
「本日は、オータムフェアのアフタヌーンティーセットでご予約いただいておりますが、お間違いないですか?」
「ええ、大丈夫です」
「かしこまりました。食後にドリンクをお伺いに参りますね」
そう言って、ウエイターはメニューを差し出した。那色は「どうも」と穏やかに受け取り、丁寧に礼を述べる。
一礼して去っていくウエイターの背を見送りながら、羅華も席に落ち着いた。
「飲み物、どうします?」
メニューを開いて見せてくれた那色に、羅華はそっと目を落とす。季節限定の文字とサツマイモのフレーバーティーという響きに惹かれて、それに決めた。
那色も決めたようで、静かにメニューを閉じてテーブルに戻す。
「……那色くんの名字、シミズっていうんだね」
沈黙に耐えられず絞り出したひと言に、那色は「ええ」と短く返した。