蜜味センチメンタル
「……」
胸の奥に、モヤモヤとしたものがじわりと広がっていく。
またはぐらかされるかもしれない。
そう思いつつも、聞かずにはいられなかった。
「じゃあ……」
ゆっくりと絞り出した声はかすかで、心臓の音の方がずっと大きく響いている気がした。
「“普通”に……好きになった人も、いた……?」
言い終わるか否かのうちに、逃げるようにグラスを口元へ運ぶ。
けれど中身はもう空で、わずかに傾けたグラスからは何も出てこなかった。その事実に、余計な恥ずかしさが込み上げる。
そんな羅華の気持ちなど知る由もなく、那色は思いのほかあっさりと、しかし真顔のまま答えた。
「そうですね」
その一言だけで、胸がチクリと痛む。
けれど言葉はまだ、続いていた。
「今、初めて羅華さんに恋してますから」
「……!」
それが本当なのか、嘘なのか。考える暇もなく、ちょうどそのタイミングで先ほどのウェイターが注文を取りに現れた。
那色は淡々とメニューを伝え、最後に羅華の空のグラスを指して「水をお願いします」と告げる。
その間も羅華は、視線を外さずにじっと那色を見つめていた。
やがて目が合った瞬間、何かを言おうとする那色を遮るように羅華は苦い表情を浮かべる。
「……そういうのは、いいよ」
「え?」
「無理に特別感を出そうとしなくていいから」
——いい加減、自分が嫌いになりそう。
こんな言い方をしたいわけじゃない。
そう思っても、一度口をついた言葉は、もう止まらなかった。
「どうしたの? 急に怒って」
「怒ってない。はぐらかさないでって言ってるだけ」
「はぐらかす? 何を?」
それでもとぼけるような那色に、羅華は視線をまっすぐ向けた。まるで、言い逃れを許さないかのように。
「……いたんでしょ?昔、大切だった人が」