蜜味センチメンタル
手元のナプキンをいじりながら、那色はどこか不本意そうに口を開いた。
「……母です」
言葉を失い、思わず目を見開く。
まったく予想していなかった答えに、思考が一瞬止まった。
「おかあ……さん……?」
かすれるように聞き返すと、那色はナプキンを何重にも折り曲げながら視線を落としたまま続けた。
「ええ。他に思い当たる人なんていませんから。……大和は何て言ってましたか?」
「“もう、その人はいない”って」
「なら、間違いなく母のことですね。僕が高校のとき、病気で亡くなりましたから」
「……」
その声は静かで、淡々としていた。まるで感情を切り離したような、乾いた口調。
羅華は、何も言えなかった。軽々しく声をかけたら、その心の奥へ土足で踏み込んでしまうような、そんな気がした。
「……辛かったね」
ようやく絞り出せたのは、ありふれた手垢のついた一言だった。だが、那色はその言葉にふっと皮肉めいた笑みを浮かべた。
「同情、ありがとうございます」
そう言って、肘をテーブルにつきながら、やや首をかしげて羅華を見つめる。
「……僕に今も“好きな人”がいるかもしれないって聞いて、どう思いました?」
「!」
——試されてる……?
あの夜。大和に「那色をどう思っているのか」と問われた時、羅華は「わからない」と答えた。
けれど、きっとあの時にはもう、大和には見えていたのだ。羅華自身が、見ないふりをしていた“気持ち”を。