元悪役令嬢、悪女皇后を経て良妻賢母を目指す 〜二度目は息子に殺させない〜

婚約者の絆

 ——私の朝は、皇子妃教育のスケジュール確認から始まる。
 月曜から金曜まで毎日みっちりと詰め込まれるスケジュールは、子供にとって楽なものではない。

 12歳になれば私も、殿下が通う『メラヴィオ学園』に入学することになる。だから学園の勉強が始まる前に、皇子妃教育を可能なかぎり片付けてしまおう——というのが皇室のお考えらしい。

 馬車事件からしばらく『療養中』として妃教育を休んでいたから、今日は授業復帰の日。——ようやくのことである。

 朝食を済ませ、長い回廊を歩いて授業へ向かう。
 薔薇の咲き誇る庭園を見ながら歩く回廊は、美しいけれど静まり返っていて、以前は苦手な場所だったのに——。
 平穏な日々を取り戻した今、喜びと元気がみなぎって、その静けさもまた味わい深く感じるから不思議なものだ。
 今日は授業拒否な気持ちも起きない。
 いや、起きていないと信じたいだけか?

 ——人間というものは勝手なものね。

 そして、殿下と我が父クレメント公爵にお願いした件——義妹リディアの件は、前向きに検討していただけたようだ。
 彼女が皇城で下女として働かせてもらえることとなったのだから、良い結果と考えて間違いないだろう。

 ことの詳細をリディアに話すのは、お父様の役目だそう。
 本人が断るようであれば、その意思を受け入れ、予定どおり修道院送りにするとのことだった。

「クリスティナ様、ぼんやりなさっては内容が頭に入りませんよ!」

 ——おっと!
 リディアのことを考えていたら、うっかり意識を失っていたわ。

「大変申し訳ございません。以後気をつけます」

 このセリフを何度言ったことか?
 人知れず恥じらった私は、しばらくしてアルフォンス殿下が待っていることに気が付いた。——扉に寄りかかる姿もまた麗しい。

「殿下、リディアの件でお待ちですか?」
「違うよ。妃教育に疲れてないか心配になってね。オウルード夫人、私の婚約者はまだ本調子じゃないみたいなんだ。今日のところは、このへんで解放してやってくれないか?」
「殿下の仰せのままに。私はこれにて失礼いたします」
「ティナ、庭園を散歩しないか?」

 ——今回は私が悪いのに、夫人には申し訳ないことをしたわ。

 それにしても殿下、学園はどうしたのかしら?
 今日はまだ水曜日なのに。

「はい殿下。今日はお戻りが早かったですね?」
「今日は行ってないんだ。実はね、アレクシス兄さんの件が解決するまで、私も通学を控えることになって。だから嬉しいことに!ずっと一緒にいられるよ!」

「……殿下、本当はお辛いのでしょう?」
「辛いことだけど、王族として生きていれば……無い話じゃないからね」

 私たちもいずれ大人になれば、王族として今よりもずっと重い責任を与えられる。アルフォンス殿下と私は——王族から離れて爵位を賜ることになるのかしら?——結婚まで残すところ8年程度しかない。

 散歩もそろそろ終わる頃、城の方から殿下の侍従レイが走って来る。
 明らかに何かあった様子だ。
 聞くのが怖いわね——。

「殿下、すぐにお戻りください!パルディア様が保護されました」

 アレクシス第一皇子殿下のお母様——側室のパルディア様がお戻りになったとあらば、しばらくは城内も荒れることだろう。
 どうか浅い傷で済みますように。

「私はもう行かねばならないが、君のところへ仕立て屋が来るだろう?今回も私の瞳の色を使って欲しいんだ」
「はい、喜んで!」

 ——応接室では、既に仕立て屋が待っていた。
 これから仕立ててもらうのは、殿下の14回目の誕生日に身に着けるドレスだ。

 余程のことがなければ、同じ日に正式な婚約発表も行われるそうで。
 こうして一歩ずつ結婚に近付いて行くのだろう。

 今ではもう、一回目の記憶に怯えることもなくなった。
 アルフォンス殿下の婚約者として——将来は妻として、人生の良きパートナーでありたい。

 そう決意を新たにした時、この時の私はまだ——変わりゆく未来を知る由もない。
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