元悪役令嬢、悪女皇后を経て良妻賢母を目指す 〜二度目は息子に殺させない〜

第二皇子殿下の婚約者になりました

 ——いつもの作業着を脱ぎ捨てて、私は今、皇城の一室に通されている。

 ピンクの可愛らしいドレスを着て、白くて可愛らしい帽子をかぶって。
 本来あるべき公爵令嬢の姿、高貴で淑やかな姿になってやって来た。

 付き添いのお父様はといえば、本日もまた別室で待機せよと仰せつかったとのことで、既に退室させられた後なのである。

 ——これ、既視感!

 そうだった、たしか公爵邸でお会いした時も、お父様は退室させられたんだ。
 必ず追い出されるお父様、誰が見ても気の毒よね。


 そうして野菜の入ったバスケットを横に置いて——。
 案内されたソファの片隅に、ちょこんと腰掛けているのだけれど。
 応接室があまりにも広くて、特別な理由もなくソワソワしてしまう。
 どうにもこうにも、緊張してリラックスできない。

 前世では自宅として住んだ城の、たった一つの部屋に過ぎないというのに。
 不思議なものだわ——。

 応接室といえば、前世の皇后時代は自室のサロンを代用していたわね。
 ふふふ——私にそんな記憶があるなんて、殿下は想像したこともないでしょうね。

「クリスティナ様、アルフォンス殿下がおいででございます」

 途端に私の身体は、ピシッと起立した。
 なんだか分からないけれど、とにかく緊張するのよ。

 そしてやっぱり殿下が姿を現すと、それだけで応接室の空気が変わった。
 だたの空気から、神聖に感じられる空気へ。
 殿下が笑顔だろうが、柔らかい笑い声を立てようが、まったく関係なく変わるのだ。

 私は小さな体を目一杯大きく使って、丁寧にお辞儀をした。
 小さな膝を曲げ、もう一方の脚を後ろに引いて完璧なカーテシー。

「アルフォンス殿下にご挨拶申し上げます。本日はお時間をいただき、ありがとう存じます。お野菜を持参いたしました」

「今日も元気そうだね。その後、変わりはなかったかい?」

「はい。先日、シャルエン侯爵令嬢が訪ねてきて下さって、久しぶりにお会いしたのです。その際、お茶会の招待状のお話を聞かせてくださって。……殿下が仰っるとおり、私のことが噂になっているようですわ」


 私は5歳とは思えないしっかりとした物言いで、最近の出来事を報告した。
 5歳と見せかけて、25歳が話しているのだから当然のことだが——。


「うん、君が変わったっていう話だよね(本当に変わってるから、もう噂って話じゃないけどね……)」

「はい、そうです。体型もずいぶん変わりましたから……少し恥ずかしくは思うのですが、ありのままの姿で。皆さんとの交流を再開したいと思っています」
 
「いいと思うよ。私もこれからは社交に力を入れようと考えていたところだから、エスコートは任せて。ちょうどいいタイミングだったね」

「え!?……そ、そんなご迷惑はおかけできませんわ。お父様やお兄様にお願いしますので、どうぞお気になさらず」

「ん? なぜ断るんだい? 前にも聞いたけど、クリスティナ嬢は候補者から除外されたいと思っているの?本音を言ってくれていいよ」

「い、いえ……そんなことはございません!」

「そう、それなら良かった。実は、君には今日で婚約者候補から婚約者に昇格してもらおうと思っていてね。『候補から除外されたくない』というクリスティナ嬢の意志も確認できたから、有意義な時間になった。野菜も見せてくれる?」


 今、野菜『も』見せてくれる?って言ったわよね。
 やられたんじゃないの?わたし。
 はめられたんじゃないの?
 きっと野菜を口実に面談してたのよ——コイツ。


「私の畑には収穫できるものが育っておりませんでしたので、公爵邸の菜園で一番良好なものを選んでまいりました」

「レイ、持ってきて!」

 殿下の指示に応えて、侍従がワゴンで大きなトレーを運んできた。
 水の入った大きなボウルと布、まな板とナイフ、食材もいくつか乗せられている。

「クリスティナ嬢、野菜をこちらへ」

「はい。なにをなさいますの?」

「ちょっとした料理だよ。熱を加えてペースト状にしたニンニクと刻んだ魚の塩漬けを用意して、それにオリーブ油を混ぜて……黒こしょうで味を整えるんだ。そうすると野菜に合うソースができる。君の野菜は水で洗ったから、ナイフで細くカットするだけ」


 殿下は無駄のない手つきで仕上げていって。
 美しく整えた野菜を、皿に盛り付けているところだ。
 そうしてその横にソースを入れたボウルを添えると、私の前に置いて下さる。


「どうぞ、食べてみて」

「はい!………!!すごく美味しいです!」

「そうだろう?喜んでもらえて嬉しいよ。実は子供の頃に毒を盛られてね。それから料理が趣味になったんだ。今は料理長に教えてもらいながら、レパートリーを増やしているところだよ」


 殿下の料理を美味しくいただいた後、私たちの距離が近くなったかといえば……そうでもないのだけれど。一組の「婚約者(カップル)」が誕生したことに変わりはない。

 ——目出度(めでた)い話である。


 ◇

 その夜の出来事。
 クレメント公爵邸の執務室では、アーノルド・クレメント公爵家と長男のイアンが向かい合って座り、クリスティナのことを話している。

「まさか第二皇子の婚約者に内定するとはな……」

「お父様は、第一の方がお好みですか?」

「いや、どちらも好みじゃないが……第一の方が身分で苦労する心配はないだろう?ティナには一番高い所が似合うからな」

「今のティナには、第二の方が合っているように思いますよ。だいぶ成長して、令嬢らしくなってきましたし、以前と比べ人間的な優しさも出てきましたからね」

 この親子——他に人がいないと、こうなるのである。
 第一皇子殿下を「第一」、第二皇子殿下を「第二」などと呼んで、好き勝手を話す。不敬極まりない親子なのである。

「ところで、第一は側室の子でしたよね?」

「ああ、第二が皇后陛下のお子さんだ」

「なら、第二で正解なのでは? どちらが皇太子の座を手にするか決まってませんからね。それよりクリスティナに恥をかかせないためにも、マチルダとリディアをどうにかしないといけませんよ。父上の失敗は、父上の権限で無かったことにしてください」

「わかっている。クリスティナが第二を手に入れたら、マチルダとリディアは第一を欲しいなどと考えかねないからな。もちろん手には入らないわけだが、そうすると今度は、クリスティナから地位を奪おうなどと考え始めてもおかしくない。ここが潮時か?」

 などと話は尽きず——。
 結局は不敬なまま、夜が深まっていくのである。
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