私の愛した彼は、こわい人
「なに、言い出すんだよ」
「私にはわかるんです。このままではもっと大変なことが起こります。私のせいで……」
「アスカのせいじゃないだろ。あの男が全部悪いんだ」
「でも、オーナーを巻き込んでしまったから……」

 あの人が、怖い。私に手を上げるだけでなく、今度は神楽オーナーにまで矛先を向けている。
 人を虐げることを躊躇せず、自分を正当化し、口先だけの謝罪をして責任から逃れようとする。衝動に任せて行動する人だ。
 考えたくないけれど。断言したくないけれど。
 タクトは、再び悪行を働く。
 これだけは間違いない。
 だからこそ怖い。怖くて怖くてたまらない。

「アスカ、大丈夫だよ」

 震える私の肩に触れ、オーナーはそっと私の体を抱き寄せた。
 もう何度も何度も彼の腕に包まれている。私の体は熱くなって、安らぎを感じて。
 離れたくないって思ってしまう。

「言っただろ? 俺はアスカを守ると。こんなことで用心棒をやめるわけにはいかない」
「どうしてそこまでして……?」

 彼の優しさや思いやりは、すごく嬉しい。
 だけど、彼が私を守りたいという気持ちが未だにわからない。

「私はただの、同居人です。神楽オーナーにとっては、所有するサロンのいちスタッフに過ぎないんです。たしかに、幼い頃同じ施設で一緒に過ごしてきたことはありますが、もう昔のことですし」

 彼からの返事が聞きたくない。「そうだな」と言われるに決まっている。
 そう、思っていたのに──

「違うよ」

 これまでに聞いたこともないほど柔らかい口調。彼は、そっと私の耳元で囁いた。

「アスカは、俺にとって特別だよ」
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