私の愛した彼は、こわい人


「ちょっとアスカ。なーに暗い顔してのよ」

 ある日の夜。私は一人でオアシスに訪れていた。
 カウンター越しで、ユウキさんが呆れたように私を眺めている。

「ジンのことが心配なのね」
「……はい」

 はぁ、と大きく息を吐いて、ユウキさんはブルーハワイカクテルを差し出してくれた。今日もユウキさんが注ぐカクテルは海色に輝いていてとても綺麗。
 でも、私の心は曇ったまま。

「また、あの人がジンさんの店に押し入ったみたいで……」
「あんたの元カレでしょ? ホント迷惑よねぇ」

 マンションで夕食を一緒に摂っていた際、ジンさんのスマートフォンが鳴った。電話の相手は、新橋にある店の従業員。
 あの人が──タクトが、ジンさんを出せと言ってまた押しかけてきたそうだ。

「話には聞いたけどさぁ。どうしようもないバカ男よね。ま、安心しなさい。ジンがやられるわけないし」
「ですが……」

 迷惑を被っていることに変わりない。
 こんなトラブルを起こされるたび、ジンさんがタクトを止めに行かなきゃならないなんて。お店の人たちにだって、そこにくるお客さんにも迷惑をかけていることになる。
 本当に恥ずかしいよ、タクト。

「はい、もうそんな顔しないの! あたしの超おいしいカクテルでも飲んで元気出しなさい!」
「……ありがとうございます。いただきます」

 心配事なんて、全て流してしまいたい。私はブルーハワイカクテルをいつもより勢いよく喉に流し込んだ。
「まあ。大胆ねぇ」なんてユウキさんに言われる。私だってたまにはお酒の力を借りて気を紛らわせたいの。
 でも……なんだろう。ブルーハワイが、いつもと味が違う気がする。甘さよりも、苦みがあるような、ないような?

「もしかしてブルーハワイの味って変わりましたか?」
「ん? 別に変えてないわよ」
「そうですか……?」

 もう一口、味わってみる。舌の上に爽やかな風味が広がるはずなのに……今日は違和感がある。
 それどころか、なんだか胸焼けがする。カクテルを一杯飲んだだけで?
 顔が熱くなってくるし、胃もムカムカしてきた。
 これは……

「なんだか今日は、あんまり調子がよくないかもしれません」
「あら、珍しい。もういらないの?」
「はい……すみません。あの人のことで考えすぎで、疲れたのかもしれません」
「あんま悩みすぎもよくないわよ? タクシー呼ぶから、今日は早めに帰ってちゃんと休みなさい」
「はい。そうします。ご馳走さまでした」

 もう少し飲みたかったしユウキさんとお話したかったけど、大人しく帰った方がよさそう。
 マンションに帰るなり、私はベッドに倒れる。ジンさんが「事は済んだ。もうすぐ帰る」と連絡をくれて。
 ちゃんと待っていたかったのに、安心したのか彼が帰る前に眠ってしまった。
 ちゃんと休めば、体調もよくなるはず。
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