私の愛した彼は、こわい人
 その場はたちまち静寂に包まれた。放心状態で、頭がボーッとしている。
 これまでのやり取りを聞いていたユウキさんのすすり泣く声がカウンターから聞こえてきて。本当に申し訳なくて。
 ……最悪だと思った。なにもかも。たった一日で、人生がどん底まで転落してしまった。 

 私が俯いていると、ふと、ジンさんに抱きしめられた。
 大好きな人からの抱擁。世界一癒やされるぬくもり。

「アスカ……帰ろう」
「いえ、それはできません」

 私が彼と一緒に帰る資格なんてない。
 しかし、今の私はあまりにも弱りすぎている。立ち上がろうとすると、フラッと力が抜け歩くことさえままならなかった。

「大丈夫か」
「大丈夫、です」
「無理するな、絶対に」

 そう言って、ジンさんは私の体を横に抱き上げた。
「下ろして」と言いたかった。「自分一人で歩ける」と強がりたかった。
 だけど、無理だ。私の体力はもはや限界に達していて。
 言葉で断ることすらできず、ジンさんに抱き上げられたままマンションへと連れられた。

 もう、全てが嫌になる。全部なかったことにしたい。それが叶わないのなら、消えてなくなってしまいたい──
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