私の愛した彼は、こわい人
 事件から二ヶ月後。二月後半。
 早朝五時に、俺は閉店後のオアシスに来ていた。
 疲労の表情を浮かべるユウキと、着物姿のキョウコさんがカウンター越しで俺をじっと見ている。

「ねえジン。今日、アスカがやっと退院できるのよね?」

 俺が頷くも、ユウキは心配の眼差しを向けてくる。ユウキもなんだかんだアスカをよく気に掛けている。
 以前、放っておけない妹みたいな存在だ、とも漏らしていたな。
 ユウキの隣で、キョウコさんは浮かない顔をする。

「まだまだ心配ね。体の傷は塞がってても、心は……」

 キョウコさんは語尾を濁すが、言わんとしていることはよくわかる。
 件の被害者となったアスカは、事件発生直後、ユウキの通報によって病院に搬送され緊急手術を受けた。
 ユウキから事件の連絡を受けたとき、俺は心臓が止まりそうになるほどのショック受けた。
 俺は、彼女を守ることができなかった。すぐに現場へ駆けつけていれば、あんな結末にはさせなかった。絶対に。
 彼女はなんとか一命を取り留めたものの、三日間も目を覚まさず、やっと意識を取り戻したと思えば、「お腹の子が死んでしまった」と泣き叫んでいた。
 自らが傷心したことよりも、腹の子をずっと想っていて。入院中、彼女が涙を流さなかった日はないほどだった。
 彼女の傷つく姿を見ているのがつらかった。けれど、一番苦しい想いをしているのは彼女本人だ。俺は自分の涙を隠し、できる限り彼女のそばにいて、その苦しみを少しでも和らげようと必死だった。

「退院しても、ジンがアスカのそばについてやらないとね。あたしらもできる限りのことは協力するから」
「ああ、悪いな」
「あんたの大事な女だもの。それに──アスカは、あたしの大切な友だちだからね。元気になってほしいのよ」

 そう言うユウキの顔は柔らかくて優しさに満ちあふれていた。
 キョウコさんも、ユウキの隣で大きく頷いていて。
 改めて、俺はいい家族に恵まれたと思う。
< 179 / 192 >

この作品をシェア

pagetop