私の愛した彼は、こわい人
「どうした? アスカ」

 ……いや。
 今は戻れない。
 私の体が、心が、タクトを拒絶している。

「なんで来ないんだよ?」

 このままじゃオーナーに迷惑をかけてしまう。でも、だとしても……。

「アスカ聞こえないのか。こっち来いって言ってんだよ!!」

 再びタクトに怒鳴られ、私の全身がビクッとした。
 今の彼は、完全に冷静さを失っている。
 ごめん。タクト。私があなたを怒らせてしまったばかりに。

「大丈夫か」

 ふとオーナーが私の方に顔を向けた。
 瞬間、私の胸が高鳴った。顔がカッと熱くなり、目の奥からぬるい涙がこぼれ落ちる。
 私に向かって小さく頷くと、オーナーはもう一度タクトの方を見て──
 思いもよらないことを口にした。

「こいつは、俺が預かる」
「はっ。なにを言ってる。アスカは僕の恋人だぞ!!」
「なら、どうして優しくしてやらねえんだよ」
「僕はアスカを愛してるんだ。僕だけのものだ!!」
「だったら──」

 神楽オーナーは手のひらで、私の首元にそっと触れた。

「恋人を傷つけるような真似はやめろ。こいつの首に締めつけられた跡があるぞ。てめぇがやったんだよな、小野。あぁ?」
「それは……知らない。僕じゃない!」 
「とぼけるな。今の今まで、こいつに怒鳴り散らかしてたクソ野郎が」
「違う。僕のせいじゃない! 僕は、アスカのためを思って!!」

 声を荒げるタクトは、玄関に置いてあった傘をおもむろに手に取る。
 なに、するつもりなの。
 それはおかしいよ。やめて。やめてよ、タクト。

「お前のせいだ。アスカがおかしくなったのは、全部お前のせいだ。お前さえベル・フルールのオーナーにならなければ!」

 タクトは絶叫し、オーナーに傘の先端を向けた。
 ──刺される。
 このままじゃ、刺される。神楽オーナーが危ない!
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