私の愛した彼は、こわい人
 車は赤信号に引っかかった。ゆっくりとブレーキをかけ、オーナーはおもむろに私の方に手を伸ばした。
 そのまま逞しい指先が触れて──
 優しく、撫でられる。

 わ。
 えっと……神楽オーナー。
 また、ですか?

 以前、早朝のサロンでも髪を触られた。
 この、唐突で理由もわからないオーナーの行動に戸惑う反面──なぜか胸が高鳴ってしまう。
 なにか言いたげな顔をする割に、彼の口から言葉は出てこない。ぎこちなく首を横に振り、再び前を向いた。

 とんでもないよ、これ。非常に気まずいです。
 胸のドキドキは収まらないし、顔は熱くなるし、肩に力が入っちゃうし。
 だけど、なんだろう。彼に頭を撫でられると緊張と共に「懐かしさ」も感じた。
 リュウお兄さんが私を撫でてくれたときの感情と重なって……。
 全くの別人なのに。おかしいよね。気が動転しているせいか、私、どうかしてる。

「今でも忘れられないのか、そいつのこと」

 青信号になり、オーナーは静かにアクセルを踏み込んだ。
 私は大きく頷く。

「今でも夢に出てくるほどです。彼のこと、リュウお兄さんと呼んでいました」

 忘れない。忘れられない。この先もずっと忘れたくない人。
 過去の記憶が次々と蘇り、自然と口から思い出から溢れていく。

「実は私、施設で過ごしていた時期がありまして」
「施設。養護施設のことか」
「はい」

 私、やっぱり変だ。
 封印していた自分の過去を、このタイミングで語ろうとするなんて。サロンのみんなにも友だちにも、それにタクトにさえ話したことがないのに。
 よくわからないけれど……オーナーには伝えたいって、心がうずいてしまった。
< 46 / 192 >

この作品をシェア

pagetop