私の愛した彼は、こわい人
「お恥ずかしい話、二歳のときに保護されまして。母親の育児放棄が原因です。一人でベランダで泣き叫んでいるところを近所の人に見られ通報されたらしいです。母は私が施設に保護された直後に行方をくらませました。今もどこにいるのか知りません。顔も覚えていません。父親も誰か、わからないんです」
「それは……辛いな」

 オーナーは、相槌を打ちながら話を聞いている。
 ちょっと意外だった。こんな話「どうでもいい」と突き放されると思ったから。

「リュウお兄さんとは施設で出会いました。私が四歳のときに彼が入所してきたんです。当初は全然関わりはありませんでしたけどね」

 リュウお兄さんは口数が少なく、近寄りがたい雰囲気があった。しかも、施設の子たちとも支援員さんたちとも積極的には関ろうとしていなかったから余計に。

「その頃から私、施設でつらいことがあって……」

 不意に、過去の出来事が頭をよぎった。胸の奥が気持ち悪くなる。

「一緒に生活していた男の子たちに虐められていたんです。それも、支援員さんたちの目の届かない場所で。酷いこと、たくさんされました……。だけど誰にも相談できなくて」

 私は気弱で、自分の思ったことも上手く伝えられなくて、いつも端の方で遊んでるような子どもだった。
 そんな私を揶揄い、意地悪を言い、嫌なことをしてくる歳上の男の子たち。

『バカ』『チビ』『カス』『ゴミ』『ブス』

 こんな罵詈雑言も浴びせられて。
 身体的にも傷つけられたのを覚えている。触られたくないところを無理やり見られたり触られたりもした。思い出すだけで、吐き気がする。
 でも──

「リュウお兄さんだけは、他の子たちと違ったんです」

 逃げ出したくても逃げ出せない日々の中、味方になってくれたリュウお兄さん。私にとって唯一の救いだった。

「私が男の子たちに虐められている姿を見て、彼はすぐに庇ってくれました。三人を相手にリュウお兄さんは全然怯まないで、むしろ威圧していました。最初は男の子たちと言い合いをしてましたが、だんだんヒートアップしてしまい……」

 あの日、ひと気のない物陰でリュウお兄さんと男の子たちの喧嘩がはじまってしまったんだっけ。

「一人の男の子が足もとに唾をかけたんです。それから、別の男の子がリュウお兄さんに殴りかかりました。お兄さんは激怒して、殴り返してしまって。喧嘩の後、支援員さんたちに揉め事が知られて男の子たちもリュウお兄さんもすごく怒られたそうです。彼は悪くないと支援員さんに訴えたんですけどね……四歳の私は上手く説明できなくて。とても悔しかったです」

 男の子たちから先に手を上げたのに。どうして私を助けてくれたお兄さんまで責められるのか。納得できなかった。

「その騒ぎがあってから、男の子たちは私に嫌がらせをしてこなくなりました。リュウお兄さんのおかげだと今でも思います」

 それをきっかけに、私は彼と仲良くなりたいと思うようになった。いつもお兄さんのそばに寄って、小心者ながら一生懸命話しかけたんだ。

「今思えば、初恋だったんでしょうね。純粋にお兄さんのことが大好きでした」
「初恋。……そうか」

 呟くオーナーの表情が、少しだけ柔らかくなった。
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