失恋相手と今日からニセモノ夫婦はじめます~愛なき結婚をした警視正に実は溺愛されていました~
「大丈夫です 。お手数おかけしてすみません。タクシーを拾いますから」

 中学の頃から顔見知りではあるが、私たちは特別に親しいわけではない。彼にとって私は、あくまでも妹の親友という認識だ。こんな迷惑をかけるわけにはいかない。

 なにより、どんな親切な態度を見せていても、彼は平気で人の気持ちを踏みにじる。冷たくて、血が通っていないひどい男だ。

 唇をぐっと噛みしめ抵抗の意思を示すと、彼は私を一瞥する。

「いいから、おとなしく言うことを聞け。もちろん、俺を信用できないというなら話は別だ。さっきの男みたいに」

 皮肉めいた切り返しに、返答に迷った。

「……そういうわけじゃありません」

 この場で無駄に拒否しても意味がない。なによりバーのお金を返していないし。考えを改め、観念する。

「すみません。では、お言葉に甘えます」

 最後に会って会話したときから十年になる。お互い、大人になった。

 私は頭を下げ、彼の後についていく。おそらく近くのコインパーキングかどこかに車を停めてあるのだろう。光輝さんが忙しいのは光希だって理解している。それを承知で彼に私を頼むほど、光希には心配をかけていたんだ。

 帰ったらきちんとお礼も兼ねて連絡しようと誓う。

 店の中が暖かかったからか、アルコールのせいなのか、ひんやりとした風がどこか心地いい。

 それにしても、今日は土曜日だけれど彼の格好からすると仕事だったのでは?
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