失恋相手と今日からニセモノ夫婦はじめます~愛なき結婚をした警視正に実は溺愛されていました~
『あの、これ。気持ちばかりですが、お礼です。バレンタインですし……』

 深い意味はない、はずなのに身内以外の異性にチョコレートを渡すなど久しぶりで、妙に緊張する。

『ありがとう』

『お店で出しているものなので、味は間違いないと思います。でも、お兄さん、チョコレートたくさんもらってそうですよね』

 一気に捲し立て、はたと気づく。しかし光輝さんは困惑めいた顔になった。

『そんなことない』

 それは謙遜だろう。続けて彼はなにか言いたげな面持ちで迷っている。

『〝お兄さん〟って呼ぶの、なんだか照れるから変えてもらっていいかな? 名前でかまわないよ』

『え、いや……。そんな』

 恐れ多い。まさかの指摘に、とっさに返せなかった。

『あ、どこかに行く予定だったんじゃないですか? すみません、引き留めて』

 そこで彼が家を出たところだったと気づく。もしかして誰かと待ち合わせをしているのでは?

『ああ』

 頭を下げ、家のチャイムを改めて押す。しばらくして光希の声が聞こえてきた。

 勉強すると意気込んできたものの、光希の体調があまり優れないようで、さっさとお開きになった。

『未可子、来てもらったのに本当にごめん』

『いいよ。それより早めに休んで、明日のテストは受けられるようにね』

 光希の家を後にし、図書館にでも行こうかと思ったが受験シーズンでもあり混んでいるだろうと踏んであきらめる。
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