失恋相手と今日からニセモノ夫婦はじめます~愛なき結婚をした警視正に実は溺愛されていました~
 よけるべきだと脳が訴えかけてくるのに、足がすくんで動かない。その間に男はどんどんこちらにやって来る。

「どけ!」

「あっ」

 男の手がこちらに伸び、とっさに目をつむる。ところが突き飛ばされるのを覚悟した瞬間、すぐそばに誰かの気配を感じた。予想した痛みも衝撃もない。代わりに風を切るような感覚と鈍い音が響く。

「え?」

 驚く間もなく、次に目に映ったのは、腕をひねり上げられ床に体を伏せられている男性と、彼の手を掴み動きを封じている光輝さんの姿だった。

「光輝さん!?」

「午後一時八分。窃盗の現行犯で逮捕する」

 冷静に彼が言い放ち、視線を私に向けた。

「未可子、警察に連絡を」

 指示を飛ばされ、慌ててスマホを手に取る。

「大丈夫ですか?」

 そのとき、警備員らしき人がふたりほど現れ、ますます場は騒然とする。彼らは光輝さんに代わって男性を取り押さえた。

「放せ! 話が……話が違う! これはおかしい!」

「おとなしくしろ! すぐ警察が来る」

 どうやら警察への連絡ももう済んでいるらしい。警備員ふたりは、抵抗する男性を立たせ移動させようとする。それを見届けてから光輝さんは人目もはばからず、心配そうに私の頬に触れた。
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