失恋相手と今日からニセモノ夫婦はじめます~愛なき結婚をした警視正に実は溺愛されていました~
「父も母が警察官を輩出する一族の娘だから結婚したんです。そして父は順調に今の立場にいる。さらに上に行くでしょう。光輝さんも同じです。私なら母と同じ、警察官の妻としての心得は十分にありますから、あなたより彼を支えられる自信もあります」

 はったりでも誇張でもない。どこまでも強気なのは彼女の本心だからだ。

「せいぜい今は、光輝さんの妻として支えてあげてくださいね。……あ、それから、子どもは作らないでくださいね。それはあなたの役目ではありませんから」

 いったい、なにを言われているのか。衝撃的な発言に頭が追いつかない。なぜ彼女にそんなことを言われなくてはならないのかと返したくなる衝動を、すんでのところでこらえた。

『手を出すつもりはない』

 彼の言葉がリフレインして、私は口をつぐむ。

 実際、私たちは体の関係どころかスキンシップさえまったくない。

 黙り込む私を見下ろすように、千恵さんは腕時計を確認して立ち上がった。

「本当は光輝さんが戻るまで待ちたかったんですが……。彼によろしくお伝えくださいね。それから、お礼を言っておいてください。この前いただいた桜風味のチョコレート、入れ物の缶もかわいくてとてもおいしかったですって」

 思わず息をのみ、そんな私を満足げに見下ろして、千恵さんは優雅に踵を返して去っていった。

 ひとりになり、すっかりぬるくなったコーヒーのカップを睨みつける。こうでもしないと、涙があふれそうだからだ。
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