隠れ御曹司の恋愛事情(改稿版)
「……ごめんなさい。待たせちゃった?」
「全然。まだ待ち合わせ時間の三十分前よ。わたし達親子が早すぎたの」
母の昔馴染みからの友人である美奈子さんは明るく朗らかで笑顔が可愛らしかった。
その隣に居る男性は彼女とは対照的に、ブランド物のスーツをさらりと着こなし、シャープな顎に薄い唇。清潔感を与えられるようにきちんと整えられた細い眉に、銀縁の眼鏡の奥は理知的な眼光を覗かせていて、どこかクールな印象に見える。
「初めまして。花咲桃子と申します。本日はわたしのためにお時間を頂いてありがとうございます」
「こちらこそ僕のためにお時間を頂きありがとうございます。僕は九条圭吾です。本日はよろしくお願いします」
形式通りの挨拶をして、母親達に連れられるまま個室の席に向かう。
運ばれてくる食事はどれも綺麗で美味しそうだけれど、初対面の人との食事となると必要以上にテーブルマナーを気にしてしまう。
母親達が上手いこと間に入ってくれたお陰で気まずい沈黙があったわけではないけれど、代わりにそこまで盛り上がることもないどこか単調としたものだった。
***
デザートが終わり、せっかくだから少し二人で散歩してきなさいと言われるがまま、庭園に向かう。
彼の後をついて行こうとするが、どうにもペースが早く、買ったばかりの高いヒールが仇をなして、外に出る頃には靴擦れになり痛みで小さく悲鳴を上げれば、それに気付いた彼が慌てて謝罪した。
「……すみません。もっと早く気がつくべきでしたね」
ちょうど近くにあったベンチに案内され、たまたま持っていた絆創膏を血の出た踵に貼る。
申し訳なさそうに頭を下げる彼に慌てたのはわたしのほうだ。
「いえ! こちらこそ、すみません。どうか謝らないで下さい」
「どうにも緊張してしまって、本当に申し訳ない」
「……緊張、していたんですか?」
しっかりと受け答えしていたし、食事の仕方も綺麗で動揺しているようには見えなかった。
けれど彼は自分の母親に緊張している姿を見せたくなくて意地を張ったのだと答える。
「…………貴女が綺麗だからですよ」
ポツリと呟かれた言葉に赤くなる。まかさお世辞とはいえ、こうもストレートに褒められると普段言われ慣れてない分、なんだか気恥ずかしい。
「そ、そんなこと……」
「三十も過ぎてるというのに母親に動揺を悟られるのが嫌で、必死に取り繕っただけです」
ふ、と笑った彼の表情は先程までと違って柔らかい。釣られてわたしも笑うと穏やかな空気となったのだった。
思いの外会話が弾んで、趣味や休みの日の過ごし方、好きな食べ物に好きな映画のことを互いに話していく。
初対面の人だからこその無難な話題だったのに、彼は博識な聞き上手だったからかつい話し込んでしまった。
ふと腕時計を見れば既に一時間も喋っていて「そろそろ母達を待たせているので戻りましょうか」と声を掛けると慌てた様子で彼に引き止められる。
「あ、あの!」
「はい」
「良かったら今度は二人で一緒に食事しませんか?」
「ええ。わたしで良ければ……」
ゴクリと息を呑んでわたしの返事を待つ彼の真摯さが嬉しくて承諾すれば彼は破顔する。
第一印象ではクールなイメージであったけれど、話してみると分かりやすいほど表情が変わっていく姿が可愛いと思った。
「僕は貴女が良いんです」
直接的な言葉に顔が赤くなる。照れてしまった顔を見せるのが恥ずかしくて、鞄の中からスマートフォンを取り出す。俯きながら連絡先を交換すると頭上で彼が笑った気配がした。
「……では名残惜しいですが母達の元へ戻りましょうか」
「そうですね」
先に立ち上がった彼がさらりと手を差し伸ばしたのは、わたしが靴擦れを起こしていることが原因だろう。
母達に見られるかもしれない気恥ずかしさから、どうしようかほんの少し迷って、結局手を伸ばそうとした途端――鋭い視線が前方から突き刺さった。