隠れ御曹司の恋愛事情(改稿版)
お昼休みになって、お弁当を一人でつつく頃には、わたしはもうすっかりと疲れ果てていた。
(まだ月曜日なのに……)
週は明けたばかりだ。こんな調子じゃ、次の休みまで体力がもつ自信がない。
疲労の原因はやはり後輩の女子社員達。どうやら桐山くんと電車で一緒になったことを見られてしまったらしい。
本来であれば別に彼女一人一人は悪い子達じゃない。新人の頃から見ていた子だって居るし、仕事はちゃんとこなす真面目な良い子達『だった』のだ。
(過去形になってしまったのが悲しい)
恋というものはここまで人を変えてしまうものなのか。
もちろん、いい方向に変われることもあると思う。
けれど残念ながら今回ばかりは、雲行きがあまりよろしくない。
***
今思い返せば去年彼がこの会社に出向してきた時から女子社員達は目に見えて浮き足立っていたように思う。
少女マンガから飛び出てきた王子様かのような甘いマスクに、ブランドものの濃紺のスーツをばっちりと着こなせるほどのしっかりとした体躯。
アメリカにある世界的有名な某大学を卒業し、二十五歳という若さで異例の本社の経営戦略室のチームに抜擢されていたエリート。
その上、見聞を広げさせるために出向を許可したのだからしっかりと頼む、とわざわざ彼の上司が出向先であるウチの営業部長に直々に尋ねてきて『お願い』をしたらしい。
わざわざそのようなことをされるのは彼が眼を掛けられている証拠なのだろう。
だけど、いくら優れているとはいっても、まだ入社して三年の年若い彼にそこまで期待するのだろうか。
それに出向を『させた』のではなく『許可』したというのも少しおかしい。
たびたび桐山くん宛に、本社の上役から電話が掛かってくるようになったし、『桐山』という苗字はCEOの奥方の苗字と同じことから、桐山くんが御曹司なのではないかとひそかに噂されていた。
もちろんそこまでその噂話を本気にしている人は居ないし、噂はあくまで噂だ。
けれど、そんな噂が事実でなくとも見目も良くて、性格も良くて、将来的も良い彼を女子社員が放っておくはずがない。そのせいで、誰が彼の営業補佐になるのか決まるまでに一ヶ月近く掛かった。
「花咲、頼む。もうお前しか居ないんだ。桐山の営業補佐に就いてくれないか?」
下手に女子社員の誰かを選べば角が立つ。
苛烈なバトルを目の当たりにした営業部長はそのことを悟って、わたしに白羽の矢を立てた。
会議室に呼び出した部長の顔を見るとどうやら既に再三とした女子社員達からの猛烈なアピール合戦に疲れ果ててしまったらしい。
学生時代ラグビーをしていた体格の良い彼は肩を落とし、クマも濃く、顔色も悪い。
普段であれば快活な声の持ち主であったのに相当参っているのか声色にも覇気を感じられなかった――けれどそれに同情して厄介事に首を突っ込むなんて絶対に嫌だ。
「わたしにはちょっと……」
「いや、本当に頼む! 俺を助けてくれ」
年若い彼女達から誰かを選ぼうにも攻防が凄まじく、かといってベテランの女子社員を桐山くんの営業補佐になってくれないか、と頼んだところ彼女達は首をそろえて面倒事はごめんだとすっぱりと良い笑顔で断ってきたのだという。
(それはそうだろうけど……)
このことから察するに彼がわたしに頼み込んだ理由は、お前は色恋沙汰に興味も無さそうだし、ベテラン社員達と違って強くは断ってはこないだろうという部長の思惑だ。
(なんてあからさまな消去法なの)
目の前に居る部長にとってはわたしの事務処理能力なんか関係ないのだろう。無難に桐山くんのパートナーになれれば、誰でも良いと彼の目が語っている。
部長が営業事務員達からイマイチ好かれてない理由は、わたし達の仕事を軽んじている節がどこかあるからだ。
誰だって自分がしている仕事を軽んじられていれば気分が悪い。恐らくベテランの先輩方が断ったのもそういう理由があるのだろう。
(……わたしだって、そんな理由で受けたくなんかない)
本音が透けて見える部長を相手に断ろうと口を開いた途端――突然会話に割って入ってきたのは渦中の人物だった。