隠れ御曹司の恋愛事情(改稿版)
「あの、会議室で部長と花咲さんが僕の営業補佐就任について話をしていると課長から聞いて……」
なんでここで本人登場するのかな、と頭を抱える。
こういうことで当事者がやってくると事態が拗れることが多い。余計なことを話さないで欲しかったと営業部の課長に苛立ちを覚えるが、こうなってはもう後の祭りだろう。
「ええ。そうだけど……」
「花咲にお前の営業補佐をしてくれないかと打診していたんだ。俺としては花咲が適任だと思っているんだが、桐山はどうだ?」
(なんでここでわたしじゃなくて桐山くん本人に聞いちゃうの!)
恐らく部長はさっきからの会話からわたしが断るのだと気付いたのだ。だからこそ本人の希望だという大義名分が欲しくて桐山くん本人に尋ねている。
桐山くんはまだこちらの会社に出向して日が浅い。そんな彼がほとんど話したこともないわたしの人となりなんて知るはずもない。彼だって配属されたばかりとはいえ、自分の上司が推薦した相手をそうやすやすと嫌だと否定するのは難しいだろう。
部長はそれを見越しているのだ。今回わざわざ彼に尋ねたのは、わたしへの牽制を目的としている。
『部長』である俺が頼んだし、本人だって望んでいるんだぞ、と誇示することでわたしが断ることを防ごうとしているのだ――猛烈に腹が立つ。
大体、適任というよりは他に候補が残らなかったから選んだというのが正しい。ベテラン勢からはさらりと躱され、若い子達からは「誰を選ぶんだ」と詰め寄られる日々に辟易し、自分への逃げ道を作りたいがために人身御供の如くわたしを指名した。
そんな薄っぺらさを見抜かれていると知らずにのうのうと笑っているさまを見て、一瞬の間だけとはいえ思わず真顔になったのはご愛嬌というものだ。
そんな中、しばし考えていた桐山くんがおずおずと口を開く。
「僕としても――ぜひ花咲さんにお願いしたいです」
ああ、やっぱり。予想出来た答えとはいえ落胆した気持ちで彼を見上げる。対照的に喜んだのは部長だ。
「そうか、そうか! ほら花咲、桐山もこう言っているんだ。もちろん営業補佐を受け入れるだろう?」
嬉々とした部長の様子を見て、苛立ちを顔に出さないようにするのに必死だった。
耐えろ、と呪文のように心の中で何度も呟いて、感情を呑み込む。だけど心の中でどう思うかは自由だ。
(部長。この後、デスクに足ぶつけてくれないかな)
そうは思っても、わたしは会社に雇われている身。ここで自分の気持ちを貫いたところで居心地が悪くなるだけだ、とむりやり自分を納得させて気持ちを切り替える。
「……わたしで良ければ謹んでお受け致します。ただ、今担当している営業補佐の仕事はどうしましょうか?」
「確か山田と木村の二人を担当しているんだったか。それなら桐山はあと一か月程、得意先の挨拶周りとOJTで仕事を教えていく予定だから、その間に高橋に引き継ぎ出来ないか?」
高橋さんとは今年入社したばかりの大人しめの新入社員の子で、わたしが業務内容を教えている最中でもある。
本来であれば彼女が桐山くんの担当を出来たら良かったのだけれど、お互い初めての職務同士では万が一イレギュラーになった場合、対応に困るだろうからと暗黙の内に除外されていた。
確かに彼女なら木村くんの担当を引き継いでも業務上の問題はないし、適任ともいえる。
「分かりました。ではそのようにさせて頂きます」
「花咲さん。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ペコリとお互いにお辞儀する。照れたように笑う彼は好青年に見えた。