隠れ御曹司の恋愛事情(改稿版)



 あれから一ヶ月が過ぎて、女子社員達との関係は徐々に修繕していったと思う。
 そして桐山くんとの関係も……。


***



「桃子さん。そんなに緊張しないで」
「緊張するよ。だって桐山くんの両親に会うんだよ!」
「そうですよ。だから『桐山』じゃなくて『玲』って呼んでください」


 そう言われても意識しないとつい桐山くんって呼んでしまう。

「ほら練習しましょう」
「れ、玲くん」

 会社ではわたし達の関係がバレないように、徹底的に『いつも通り』を装っているからこそ、プライベートでも『桐山くん』呼びがデフォルトになる。


(この前、ウチの両親に挨拶してくれた時はまだ『桐山くん』で呼んでも良かったけど)

 さすがに彼の両親の前で『桐山くん』呼びはまずい。
 だけどわたしが『玲くん』と呼ぶタイミングは彼に抱かれている時が多くて、いざ『玲くん』と呼ぶとなると、ついそれを思い出してしまうのだ。

(昨日だって『練習』と称して、何度も抱かれたし……)

 優雅に朝食の後のコーヒーを飲む桐山くんをむっつりと睨むと、わたしの視線に気付いたようだ。

「どうしました?」
「両親に挨拶する前の日くらい手加減してくれても良いのに……」

 口を尖らせて不満を言えば、彼はクスリと笑った。
 夜のことを示唆して責めても慌てることのない彼の様子に、わたしだけが意識しているのだと思うと、なんだか悔しい。

(ーーこれも経験の差?)

 そう思うとなんだか面白くない。

「……桃子さん」
「なに?」
「怒っています?」
「そうだね」

 ふいっと顔をそらせて、紅茶を飲めば、彼が慌てた。

「やっぱり昨日無理をさせたからですか?」
「違うよ」

 彼の女性遍歴を勝手に嫉妬しているだけだ。
 じゃあ何に怒っているんですか、と彼の目が訴える。
 じっと見つめられると、どうにも弱い。
 以前、彼の顔を「格好良い」と言ってから、自分の顔面の良さをフルに使ってくるのだ。

(仕事の時も活用しているみたいだけど)

 自覚のあるイケメンはこれだから……!


「桃子さん、僕の何が不満なんでしょう?」


 そんな捨てられた子犬のように見ないでほしい。
 うっとたじろぐと、テーブルに置いていたわたしの手をそっと包んで、顔を近付ける。
 

「前に言ったじゃないですか。不満があったらどんな些細なことでも教えてください、って。僕は貴女に嫌われるのが一番効くんです」

 痛切な訴えにわたしは白旗を上げる。

「玲くんばっかり余裕でずるいって」
「えっ」
「やっぱり経験の差なのかなって思ったり……」

 チラリと顔を上げると彼は空いた手で口元を押さえている。

「玲くん?」
「えっと、それはつまり……僕の昔の恋人に嫉妬したってことですか?」

 わざわざそんなこと聞かないでほしい。
 小さく頷けば、彼が包む手の力が強くなる。

「だって、玲くんは会社でもモテてるし」


 相変わらず彼の人気は高い。
 きっとわたしが知らないだけで、取引先の女性や、他の縁談の話だってあったのだと思う。
 顔も良くて、仕事もできて、家柄も良い彼は文字通りよりどりみどりなんだろう。
 玲くんに愛されていることにもう疑いはない。
 だけどやっぱり他の女性が彼に近付いているのだと思うと面白くはない。「……可愛い」


「わたしは嫉妬なんかしたくない」
「それを言うと僕だって嫉妬ばっかりしていますからね」
「なんで?」

 彼と違ってわたしに言いよる人なんか居ないのに?
 首を傾げれば、彼は大袈裟に溜息を吐いた。

「桃子さん。最近雰囲気が柔らかくなったって言われません?」
「……うん」

 それは多分玲くんと付き合ってからだ。

「それです」
「ん?」 
「前ならまだ、クールビューティーって感じで、他の男が遠巻きで貴女を見ていただけなのに、最近じゃ貴女に声をかけようとしいる男がチラホラ居るんですよ」
「え……」

 そういえば最近雑談振られるようになった気がする。

「会社で貴女を気にかけようにも、僕達の関係は秘密ですからね。牽制もできないから、もどかしくなる時があるんです」
「でも、わたしが好きなのは玲くんだよ?」
「そこは疑っていません。だけど、それとこれは別の話というか……」

 歯切れ悪く話す彼に結局はわたしと同じ気持ちであるということが分かって、嬉しく思う。
 結局のところ。お互いに好きだからこそ、嫉妬してしまうのだ。

「桃子さんは恋愛に関しては鈍いところがあるというか……」
「鈍くなんか……」
「でも、僕が貴女を好きだってこと。ずっと気付いていなかったでしょう?」
「それは玲くんが自分の感情を隠すのが上手いから……」

 出向してから間もなくして、好きになったのだと打ち明けられて驚いた。
 時折、彼が出張のついでに『世話になっている』という名目でお土産をくれることはあったものの、それ以外。ほとんど関わっていない。
 お土産を買ってきてくれるのは義務的なもの。
 嫌われてはいないけど、たいして好かれてもいない程度の仲だと思っていた。


「人前で自分の感情を制御するのは子供の頃から得意だったんです。だけど、貴女に関わることなら、そのメッキがいつ剥がれるか不安でしたよ」

 そう苦笑しているけれど、わたしから見たら完璧な振る舞いだった。
 逆にわたしの方がボロを出さないか心配になる。

「最近会社でも桃子さん笑うことが増えたから、それで桃子さんを好きになる人がいました」
「そうなの?」
「ええ」

 心なしか、彼の語気が強い。

「桃子さん」
「うん」
「絶対に他の男なんか好きにならないでくださいね! そんなことになったら、僕は絶対に感情の制御なんかできません。貴女を手放すくらいなら、たとえ桃子さんを泣かせることになっても僕の傍に繋いでみせます」
「なんで玲くんがそんなに不安になるの?」

 不安になるのはわたしの方だというのに、彼は憤然と胸を張った。


「だって桃子さんが魅力的な女性だから」

 言い切った彼に、胸が熱くなる。
 わたしは真面目につまらなく生きてきただけの人間だった。
 なのに、彼が自信をくれたから、隣で生きていこうと思えるようになったのだ。

「わたしは玲くん以上に魅力的な人知らないよ?」


 それに、と続ける。
 わたしが視線を向けたのは繋がっていない方の手。その左手の薬指には彼に贈られた婚約指輪のダイヤがきらりと輝いている。


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