先生、それは取材ですか?
コンビニの自動ドアが閉まる音がして、店内は静かになった。
「……なんなんだよ、もう……」
顔の熱を冷ますように、冷たい缶コーヒーを額に押し当てる。だけど、橘の言葉が頭から離れない。
「キスの角度とか、触れたときの体温とか?」
……考えたら負けだ。うん、忘れよう。忘れて、原稿に集中しよう。
そう思って家に帰ったものの、ペンを持ったまま手が止まる。
「……リアルな描写……」
これまで、ネットの情報と妄想だけで描いてきた。でも、確かに橘の言う通り「体温」とか「肌の感触」とか、そういう細かいリアリティは実体験がなければわからない。
「……いや、だからって!!」
勢いよく机に突っ伏す。橘に協力してもらうなんて、そんなの無理に決まってる。
でも、ふと指先に意識が向いた。
(……さっき、橘に手を握られたとき……)
じんわりと、あたたかかった。自分よりちょっと体温が高くて、しっかりとした手。あの感触を、漫画に活かせるかもしれない――
「って、違う違う違う!!!」
全力で頭を振る。こんなこと考えてる場合じゃない!!
(……もう、寝よ……)
結局、その夜は一ページも原稿を進められなかった。