先生、それは取材ですか?

名前を呼ばれた瞬間、背筋がぞくっとする。なんか、やばい気がする。

「……なに?」

「いや、ちょっと呼んでみただけです」

橘はいつもの爽やかな笑顔を浮かべているけど、その目はどこか楽しんでいるように見える。

「それで、先生」

「……だから先生じゃなくて――」

「昨日の取材の件、どうします?」

「は?」

「だから、必要なら協力するって話ですよ」

「……」

「先生が本気でリアルな描写を追求したいなら、僕を実験台にしてもいいですよ?」

冗談めかして言う橘に、頭が真っ白になる。

「そ、そんなの……」

「必要ない?」

「……っ」

言い切れなかった。

橘の言葉が脳裏に残っている。リアルな描写を求めるなら、実際に体験するのが一番。そんなことはわかってる。だけど――

「……先生」

橘が少し身を乗り出す。距離が近い。

「試しに、一つだけ取材してみます?」

「……っ」

心臓が嫌な音を立てる。

「例えば――手をつなぐ、とか?」

「……!!」

まただ。昨日のコンビニの時みたいに、不意打ちでそういうことを言ってくる。

「……」

私は、どうすればいい?

この取材を受け入れるべきか、それとも――
< 6 / 118 >

この作品をシェア

pagetop