孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
料理の余韻がまだ残るテーブルの上、一条はふと真顔になって紬を見つめた。

「……怖くありませんか? 僕のこと」

一瞬、紬の呼吸が止まったように感じた。けれどそれは、恐怖ではなかった。
ああ——この人は、ちゃんと私の気持ちを考えてくれているんだ。
その優しさが胸にじんわりと広がっていく。

紬は小さく首を横に振った。

「全く怖くありません。……きっと、それは一条さんだからですね」

その言葉に、一条はわずかに目を細めて、静かに頷いた。

「紬さん、明日はお休みですか?」

「はい、土日はお休みです」

答えると、一条の表情がほんのりと緩んだ。

「この後、もう一軒……どうですか。紬さんを連れて行きたいお店があって」

それを聞いた瞬間、胸がトクトクと高鳴る。でも、不思議と不安はなかった。
——一条さんと一緒なら、大丈夫。

「ぜひ、行きたいです」

紬が笑顔で答えると、一条もまた嬉しそうに微笑んだ。

やがて2人は席を立ち、レストランを後にする。

店を出ると、一条は自然な動作で紬の歩みに寄り添い、細やかにエスコートしてくれる。
その距離感と所作が、紬の胸の奥をじんわりと温めた。
顔がほんのりと熱くなり、思わず手を伸ばしたくなったけれど——

ダメダメ、まだ早い。

紬はそっとその気持ちを押しとどめて、代わりに、ふんわりと笑顔を浮かべた。

——こんな夜が、もっと続けばいいのに。

自然と、そんなことを思っていた。
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