孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
紬は、チーズケーキの甘さが口の中に残る中で、必死に頭を回転させていた。

これは夢? それとも冗談? いや、そんなふうに言う人じゃない。

一条さんは、いつだって真面目で誠実な人。
なのに、自分が今、「付き合ってください」と言われているなんて——頭の処理が追いつかなかった。

目の前の一条は、固まったままの紬を見て、まるでその反応を楽しんでいるかのように、にこにこと笑っていた。

余裕のあるその表情に、少しだけ悔しい気もする。
でも同時に、胸が温かくなる。
ようやく、心の中で走馬灯のように巡っていた思考が落ち着いて、紬は意識をこの“いま”という瞬間に集中させた。

「……もちろんです」

息を整えるように、声を出す。

「一条さんとお付き合いできるなんて、光栄です」

言った途端、自分でも「堅っ!」と突っ込みたくなったけれど、それが精一杯だった。

一条は、それを聞いて、ふっと安心したように笑みを深める。

「よかった」

そう言うと、彼はすっと右手を差し出した。

その仕草は、どこかビジネスライクで、普通の告白の余韻にはそぐわないようにも見えた。
けれど、紬は自然とその手を取っていた。

あたたかかった。

それは、紬にとって特別な“握手”だった。

恐怖を感じない。
身構える必要もない。
そして何より——心の奥底から、この手に触れていたいと思える温度だった。

指先に伝わる体温が、確かに一条の“本気”を伝えてくれていた。
紬は、小さく笑って、その手をしっかりと握り返した。
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