孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
紬は、目の前のミモザに視線を落としながらも、耳まで赤くなっているのが自分でもわかっていた。

慣れないバーの空間、洗練された音楽と静けさ、まるで映画の中のようなひとときに、最初は緊張で何かしでかしてしまいそうで不安だった。

けれど――
気づけばそのすべてを、一条が自然にカバーしてくれていた。

メニュー表にはフランス語や英語が並び、まるで暗号のように思えて黙り込んでいた時も、

「おすすめのでいいですか?」とさりげなく声をかけてくれて、頼んでくれる。

何ひとつ、恥をかかせない。
彼のさりげない優しさが、染み入るように心に届いていた。

「……一条さんって、こういうお店、すごく慣れてそうですね」

ぽつりと紬が口にした言葉に、一条は一瞬だけ目を細めて彼女を見つめた。

その瞳には、ただの照明の反射ではない、微かな心の揺れが映っていることに気づいたのかもしれない。

「……まあ、1人で来ることの方が多いですが」

そう前置きしてから、グラスの縁に指を添えたまま、ふっと柔らかく笑う。

「ここに誰かを連れてきたのは……あなたが初めてです」

その瞬間、紬の頬がぱっと赤く染まった。
さっきまでの赤らみとは違う、じわりと心からにじみ出るような色。

目の前のグラスに視線を落とし、何も言えなくなっている彼女の手に、そっと一条が自分の手を重ねた。

その温もりは、夜景よりもやわらかく、静かで、でも確かなものだった。

「大丈夫です。もう、女性とバーに行くことなんてありません。……あなた以外とは」

低く、穏やかで、まっすぐな声。
紬の胸が、きゅっと苦しいほどに締めつけられた。

――こんなに優しいのに、こんなにまっすぐなのに、どうして不安になったんだろう。

彼の手の上で、紬はそっと指を絡めて、小さく微笑んだ。
「……ありがとうございます」

その一言に、すべての気持ちを込めて。
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