孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
ミモザの余韻がまだ口の中にかすかに残っている――
そんなタイミングで、一条の落ち着いた声がふわりと紬の耳に届いた。

「明日、どこか行きませんか?お昼頃から」

その言い方は特別に構えていないようで、でも、そこに込められた意味はしっかりと伝わる。
“初めてのデート”――紬の心に、その言葉が浮かんだ。

グラスをそっと置き、顔を上げる。
一条の瞳が、まっすぐに紬だけを見つめていた。

「……はい、行きます。デート、ですね……」

ほんの少し照れたように笑いながら、けれどどこか嬉しそうに口にするその言葉に、一条は思わず息を呑んだ。
心の奥で湧き上がる熱を、あくまで静かに抑え込むように一度だけ瞬きをし、優しく笑う。

「はい。デートです」

その一言が、今夜の余韻を一層甘くする。

紬がそろりと椅子から立ち上がろうとしたその時、
一条は自然な仕草で、しかし迷いなく手を差し出した。

差し出された手に、少し戸惑いながらも、紬はそっと自分の手を重ねる。

――その瞬間、また心が跳ねた。

触れたところから静かに伝わるぬくもり。
それはどこか約束のようで、始まりのようで、
何より「大切にされている」と、身体より先に心が感じていた。
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