孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
「美味しかったね」と紬が言うと、隼人は「ほんとに。唐揚げの味付け、俺好みだった」と言って、最後のひと切れを口に運んだ。

食後のまどろみのような時間が流れる。
ふたりは、小さなソファに並んで座っていた。いや、座っているというよりも、自然に体を寄せ合っている感じだった。

隼人の肩に、紬の頭が触れている。
その状態でテレビも見ず、スマホも開かず、ただぬるく流れる時間を味わっていた。

「……眠くなるね」
そう紬がぽそっと言うと、隼人が小さく笑って、「寝てもいいよ。今日は疲れただろ」と言った。

その声も、手のひらでそっと紬の肩を包むような仕草も、すべてが優しい。
まるで、紬をひとつのガラス細工のように扱っている。壊さないように、指先で触れるような愛し方。

でも。

(本当は――もっと、近くなりたいのに)

そう思っている自分を、紬は否定できなかった。
この人とこうして過ごせるのは嬉しい。何もせずとも、心が満たされる。
でも、ほんの少しだけ。その優しさが、くすぐったくて、物足りなくて。

唇を重ねたい。
ぎゅっと抱きしめられて、心ごと飲み込まれるように求められたい。
自分のことを、女として――ちゃんと見てほしい。

「……隼人くん」

「ん?」

呼びかけたのに、言葉が続かなかった。
ほんの少し体を起こして、彼の肩に顔を向ける。
すると隼人が、少し驚いたような顔でこちらを見て――そのまま、やわらかく微笑んだ。

「何か言いたいことがある時は、ちゃんと言っていいからね」
その声は、まるで全部お見通しだと言わんばかりで、だけどやっぱり、彼は動かない。

(やっぱり……優しいだけじゃ、足りないよ)

だけど言えないまま、紬はもう一度彼の肩に寄りかかった。
それだけで十分だって、言い聞かせるように。

けれど心の奥には、じんわりと熱を孕んだ「もっと」の声が、静かに燻っていた。
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