孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
月島総合法律事務所――一条隼人のデスクに、軽やかな通知音が響いた。

「……アーバンライフ?」

開いたメールは、事故対応課の成瀬紬からのものだった。
件名に添えられた「示談」「面談」「ご依頼」――嫌な予感がするワードがずらりと並んでいる。

数行読み進めるだけで、一条は小さく息を吐いた。
この大橋という被保険者は、前回、先方の弁護士を電話口で怒鳴りつけた男だ。

きっと今回も「納得いかない」「早く示談を進めろ」と喚き立てるのだろう。

――面倒な案件になりそうだな。

しかし、メールの文面は丁寧で要点を押さえていた。
相手の気配りが伝わる、堅実な内容。

そして差出人の名前を目にしたとき、一条はふと、数日前のやりとりを思い出した。

(成瀬……)

小さく首を傾げる。
あの時の女だ。

やけにおびえた目をして、でも必死に取り繕っていた。
普通の女なら、自分に指先が触れただけで妙に意識したような態度をとるのに、彼女は逆だった。

一瞬触れただけの手を、まるで火傷でもしたかのように引っ込めた。

あれは――自分を怖がっていた。
媚びでも好意でもなく、明確な「警戒」。

(……妙な女だ)

冷たくしていれば女は離れていく、それでいい。
そう思っていたのに、まったく違う方向からの反応。

恋愛感情とは程遠い。
ただ、その「異質さ」が一条の中に、微かに引っかかっていた。

「……まぁ、会って話すか」

そう呟いて、PCのキーボードに指を置いた。

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件名:Re: 面談のご依頼(交通事故示談案件:大橋健一様の件)
宛先:[tsumugi.naruse@urbanlife.co.jp]

成瀬様

ご連絡ありがとうございます。月島総合法律事務所の一条です。

大橋様の件、承知いたしました。
面談については、5月11日(月)14時より、御社応接室にてお願いできればと存じます。

なお、進行状況についての説明資料をご準備いただけますと助かります。

ご多忙のところ恐れ入りますが、何卒よろしくお願いいたします。

月島総合法律事務所
一条 隼人
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