孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
午後のフロアに、パソコンのキーボードを叩く音が規則正しく響いていた。
紬は、自席で淡々と大橋健一の案件に関する資料をまとめ始めていた。
メール画面に映る「月島総合法律事務所 一条隼人」の名前。
その無機質な文章を読み返すたびに、胸の奥がぎゅっと重くなった。
(また……あの人と会うのか)
彼の視線。
言葉の端々ににじむ冷たさ。
あの場に再び立つことを想像しただけで、指先が冷える。
けれど、仕事だから――逃げるわけにはいかない。
手元のファイルを見つめながら、紬は深く息をついて気を取り直した。
それでも、手が震えて少し書類がずれた。
「……つむぎ?」
隣のデスクから声がかかった。
振り向けば、同期の中原茜(なかはらあかね)が心配そうにこちらを見ていた。
「さっき、応接室の方からちょっと大きな声聞こえてきたけど……大丈夫だった?」
「ああ……うん。なんとかね」
紬は苦笑いを浮かべて、手元の資料に視線を戻した。
「例の大橋さんとの面談だったの。やっぱり怒ってたよ」
「やっぱり……」
茜は眉をひそめた。
「あの人、ヤバいって噂になってるよ。うちのチームでも『絶対一人で対応しないように』って言われてる」
「うちも同じ。でも、今日はどうしても人が足りなくて……。私しか空いてなかったから」
「つむぎって、なんでも抱え込むよね」
茜が机に肘をついて、覗き込むように言った。
「ちゃんと、誰かに頼ったりしなよ? 本当にキツいとき、潰れちゃうよ?」
「……うん、ありがと」
紬は、笑おうとしたけど、それも途中で崩れた。
その笑顔の奥にある震えを、茜は感じ取っていた。
けれど今は、ただそっと見守ることしかできなかった。
(大丈夫、仕事だし、きちんと整理しておこう)
紬は自分に言い聞かせながら、再び画面に向き直った。
資料の端に「面談予定:5/11(月)14:00 一条隼人弁護士」と記された文字が、静かに視界の奥で光っていた。
紬は、自席で淡々と大橋健一の案件に関する資料をまとめ始めていた。
メール画面に映る「月島総合法律事務所 一条隼人」の名前。
その無機質な文章を読み返すたびに、胸の奥がぎゅっと重くなった。
(また……あの人と会うのか)
彼の視線。
言葉の端々ににじむ冷たさ。
あの場に再び立つことを想像しただけで、指先が冷える。
けれど、仕事だから――逃げるわけにはいかない。
手元のファイルを見つめながら、紬は深く息をついて気を取り直した。
それでも、手が震えて少し書類がずれた。
「……つむぎ?」
隣のデスクから声がかかった。
振り向けば、同期の中原茜(なかはらあかね)が心配そうにこちらを見ていた。
「さっき、応接室の方からちょっと大きな声聞こえてきたけど……大丈夫だった?」
「ああ……うん。なんとかね」
紬は苦笑いを浮かべて、手元の資料に視線を戻した。
「例の大橋さんとの面談だったの。やっぱり怒ってたよ」
「やっぱり……」
茜は眉をひそめた。
「あの人、ヤバいって噂になってるよ。うちのチームでも『絶対一人で対応しないように』って言われてる」
「うちも同じ。でも、今日はどうしても人が足りなくて……。私しか空いてなかったから」
「つむぎって、なんでも抱え込むよね」
茜が机に肘をついて、覗き込むように言った。
「ちゃんと、誰かに頼ったりしなよ? 本当にキツいとき、潰れちゃうよ?」
「……うん、ありがと」
紬は、笑おうとしたけど、それも途中で崩れた。
その笑顔の奥にある震えを、茜は感じ取っていた。
けれど今は、ただそっと見守ることしかできなかった。
(大丈夫、仕事だし、きちんと整理しておこう)
紬は自分に言い聞かせながら、再び画面に向き直った。
資料の端に「面談予定:5/11(月)14:00 一条隼人弁護士」と記された文字が、静かに視界の奥で光っていた。