孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
玄関の扉が開く音に、キッチンに立っていた紬は顔を上げた。

「おかえりなさい」

リビングに顔を覗かせながらそう言うと、隼人は「ただいま」といつもの低い声で返し、手にした大きめの紙袋をそのまま紬に差し出してきた。

「え、何これ?」

受け取って少し驚いたように言うと、隼人は軽く息を吐いて、紬の足元から視線を這わせるようにしてからこう言った。

「服。……帰ってきてもスーツのままじゃ疲れるでしょ」

ちらっと目線を向けた先には、シャツの袖を捲り、エプロンをしている紬の姿。
少し汗ばみながらもキッチンに立つ姿が、彼にはよほど気がかりだったのだろう。

紙袋には、HORIZON BASICという控えめなロゴ。シンプルで着心地のよさを売りにしたブランドだ。

袋の中をそっと覗き込むと、淡いベージュのカットソーと、グレーの柔らかそうなワイドパンツ。
どちらもタグがついたままで、まだ一度も袖を通されていない。
生地は薄手ながらもしっかりしていて、秋口にぴったりな素材感。
肌触りが良さそうな綿とモダールの混合素材で、洗っても型崩れしにくそうだ。

(……こんなの、いつの間に)

少しだけ胸が熱くなった。

「ありがと、うれしい……あとで着てみるね」

「うん、ゆっくりして。俺もシャワー浴びてくる」

そう言ってネクタイを外しながら歩いていく隼人の背を見送って、紬はふと袋の中の服を胸に抱きしめる。

——あったかい。こんなふうに、ちゃんと見ていてくれるんだ。

そう思うと、今日一日の疲れがじんわりと溶けていく気がした。
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