孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
鍵の開く音とともに、玄関の扉が静かに開いた。
「ただいま」
低く落ち着いた声が響く。

キッチンから顔をのぞかせた紬が、「おかえり」と微笑むと、隼人は手に中くらいの紙袋を提げていた。
「また何か買ってきたの?」と紬が問いかけると、彼は少し照れたようにその袋を掲げて見せた。

「エプロン。俺のじゃ大きいだろ」
あくまでさりげなく、でも確実に、優しさが込められた言葉だった。

——優しい。優しすぎる。
紬は思わず胸の奥でそう呟いた。

隼人のエプロンは確かに大きくて、料理をしているとき何度も肩の紐が落ちた。
それを直してはまた落ちる——そんな小さなことに、彼は気づいていたのだ。

「……ありがとう」
自然と視線が逸れてしまうほど、くすぐったい気持ち。
それでも素直に言葉を伝えて、新しいエプロンを手に取る。

「でも、大きいエプロンしてる紬も可愛いけどね。……似合ってるよ」
隼人はそんな言葉をさらりと添えて、少し笑った。

紬の胸の内に、今まさに火にかけた料理よりも、ずっと温かい何かが静かに広がっていくのを感じた。
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