孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
天井を見つめたまま、紬はゆっくりと息を吐いた。
(今日の献立……とりあえず、鮭はフライにしよう。あとは……副菜、何にしようかな)

心の中でメニューを組み立てながら、床の冷たさで少し落ち着いていく気持ちを感じた。

隼人は、律儀に「食費出すよ」と言ってくれる人だ。
けれど、外食では必ず彼が出してくれていた。

(だから、せめて家ごはんくらいは、私が)
ただの料理じゃない。
お返しであり、気持ちであり、そして——“今日”という夜に、自分の覚悟を添える一つの手段でもあった。

(今日こそは……)
退勤時、背中を押すようにあかりが言った言葉を思い出す。
「一条さん、本当に可哀想だから、ちゃんとはっきり意思表示をしなさい」
笑いながらも、本気だった。

紬は、床からゆっくりと起き上がり、乱れかけた髪を手櫛で整え、ヘアゴムを取って一つに結い直す。
気持ちが定まるたびに、動きにも芯が宿る。

エプロンを手に取ってキッチンへ。
少しずつ、包丁とまな板の音が、彼を待つ部屋に響き始めた。
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